B-girl

□04)校内案内
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 新学期が始まったばかりの校内は静かだ。
 それというのも男子テニス部のレギュラーが遠征に行っていて不在だから。
 たったそれだけでとも思うけど、やつらはとにかくファンが多い。
 その煩さといったら、放課後の校内で寝ているのも困難なくらいだ。
 中庭の人目に付かない木陰では、まだゆっくりと休むことが出来る。
 空気は良いし、絶好のお昼寝場所なんだけど、あいつらが帰ってくると、それはもう邪魔なのが増えて寝ているどころではない。

「晴樹、みーっけ」

 とろとろとまどろみに落ちていきそうになった時、急に名前を呼ばれて引き戻される。
 校内で私を名前のほうで呼ぶ人物なんて、まったくいなかったはずだ。

「ひまそーじゃん」

 大きな目が、少し上から楽しそうに私を見下ろしている。

「…なんだ、リョーマか」

 そういえば入学式はもう済んで、こいつも同じ学校だった。
 校内で会うのは別に珍しいことでもないだろう。

「テニスコート、案内してよ」
「やだ。
 他当たれよ」

 シカトを決めこんで、顔を背ける。
 しかしなんでか今日は機嫌が良さそうに見える。

 横風に髪が流されるのを抑える。

「ひまなんでしょ?」
「…忙しい」

 別にやりたいこともないし、たしかにひまっちゃひまだけど。
 テニスコートはなぁ…。

「テニス好きなら、コートの場所ぐらいわかれ」
「入学したばっかりなのに、無理言わないでよ。
 晴樹」
「あーそーだねー。
 迷子で試合に遅れて、失格になるぐらいだもんねー」
「それ、いやみ?」

 しゃがみこむと、私の目線よりちょい高めで、でもまっすぐに向かってくる強さは変わらない。

「あたり。
 先輩を使おうなんて10年早い」

 その視線から逃れたくて、顔を背ける。

「晴樹、先輩…?」

 ふと呟かれた一言に、ざわざわと総毛だつ。
 呼ばれ慣れていないからだろうか。

「ヤメロ」

 頬をつねり上げようとしたら、上体を逸らして逃げやがった。
 しかもなんだ、その勝ち誇ったような笑みは。

「晴樹先輩」
「やめいっ」
「晴樹先輩ってば」

 両耳を抑えて、両目を閉じても、聞こえてくる。
 なんでだ。
 こいつに「先輩」といわれるとものすごく馬鹿にされている気がするのは、気のせいか?

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん、晴樹先輩」
「だーもーヤメロってば!!」

 追い払おうと伸ばした手が掴まれる。
 なんだ、こいつ、こんなに力強かったっけ。

「晴樹」
「な、んだよ?」
「案内してくれるよね?」

 いつもは、私が見下ろしていた。
 それは私のほうが背が高いし、当然なんだけど。
 でも、こんな風に見下ろされるのは、違う。

「晴樹」

 詰め寄ってくると、自然と顔も近づいてくる。
 そんなことでどうして私がうろたえなきゃなんないんだ。

「Ponta1本」

 目の前に人差し指を1本立てる。
 きょとんとした目は、リョーマの愛猫カルピンにそっくりだ。

「それで手をうってやろう」
「なにそれ」
「案内料。
 安いもんだろ」

 リョーマが考えこんでいる間に、その手を外そうとしたけど、びくともしない。
 しかし真剣に悩んでいる。

ーーPonta1本で。

「どーする?」
「いいよ」
「じゃ、買って来い」
「は?
 前払い?」
「あったりまえじゃん」
「晴樹、ずるい」
「ふふん。
 案内が欲しかったら買って来るんだな」

 目論見通り、リョーマが立ちあがる。

「ちゃんと待っててよね」
「いってらっしゃい」

 走って行く後姿を確認して、校舎に戻る。
 目指すは屋上。
 待っているなんて、約束してないからね。

ーーごめん、リョーマ。

 怒るだろうけど、まぁ自分で探せ。
 すぐ見つかるし。

「がんばれ、少年」

 私はその時、私達のやり取りを見ていた人物がいたなんて、思いもしなかった。



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