B-girl

□01)再会の悪戯
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 ボールの弾む音と、鼓動の脈打つ音が同じだと思っていた時期が合った。
 それはまだ私がとても小さかった時のことで、まぁ今だって変わらないと言われればそこまでなんだけど。
 照りつけるほどではなく、温かな春の陽射しとまだ冷たさの残る風が肌に触れ、遠ざかってゆく。
 今日はいつになく良い風だ。
 右の手元で軽くドリブルしている小さな玩具のバスケットボールは、よく弾んで、音を返してくれる。

 ポーン。

 別の方向から、違う音が紛れ込んだ。
 左手で受け取り、そのまま投げ返す。
 一瞬ずしりと来る重量感。
 それとくすんだオレンジ色に黒いライン。
 とても見慣れたそのボールは重力の加わる重さより、心に加わる重さのほうが大きい。

「すんませ〜…ん?」

 網を通り抜ける音が聞えた。
 懐かしく、辛い記憶もよみがえる。
 心に響いた負担はそう簡単にはなくなってくれないらしい。

「すっげ、何あの人!?」
「今ボールもゴールも見てなかったよね?」
「なんではいんの?」

 瞳を閉じて、世界を閉じて、ざわめきを遠ざける。
 そんな声に興味はないんだ。

 休みの度にここに来るのはたぶん間違っている。
 でも、あのボールの音からもう逃れられない。
 ボールの音がないと、息の仕方を忘れそうなぐらい、恋焦がれてる。

ーーもう無理だけど。

「…そろそろ帰るかなぁ…」

 誰に言うでもなく、呟きは風に流れて消えてしまう。
 誰かに届いて反応を返されても困るけど。

「ーーあ、あの…麻生、さん…ですよね?」
「違う」

 一際強く吹く風に飛ばされないように、キャップのつばを下げて、ベンチを立つ。

「えと、本当にバスケ、やめちゃったんですか…?」
「人違い」

 フェンスの向こうは穏やかな休日らしく、散歩している人やショッピング帰りの集団やなにやら急いでいるサラリーマンやらと忙しない。
 公園の時計はまだ帰るには早い時間を差しているけど、今日は引き上げたほうがよさそうだ。

「や、止めないで、くださ…っ」

 弾ませていたボールをとって、でたらめに振りかぶる。

「あんたには関係ない」

 そのままフェンスの向こうを歩く少年に向かって投げつけ、ダッシュした。
 逃げたかったから。
 惨めな自分を指摘されているように、どうしようもなくいやな気分を吹き飛ばしたかった。
 その向こうに見えた人影は絶好のタイミングで現れたから。

 フェンスに当って跳ねかえるボールを受け取る。
 少年は驚くでもなく不審な目を向けてくる。
 挑戦的な良い眼をしている。

 蹴りつけたフェンスは、ガシャンと抗議の悲鳴をあげているが知ったことか。

「 HEY BOY! HOW ARE YOU? ME? I'M VERY FINE!!」

 声をかけてきていた人物が、諦めて遠ざかる足音に心底安堵した。



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