B-girl

□06)校庭100周
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* * *

(晴樹視点)



 子犬のように走ってくるリョーマを両手を広げて迎えようとしたら、目の前で不機嫌に立ち止まられた。

「子供扱いしないでよねっていったじゃん」
「だって、ガキじゃん。
 あんた」

 しかも相当のクソガキ。

「1コしか違わないじゃん。
 俺がガキなら、晴樹もガキだよ」
「あんたに比べりゃ、私はかなーり大人でしょ」

 風で髪が流れる。
 はっきり言って、邪魔だ。

「…どこがだよ、晴樹」
「ふふん。
 全部に決まってるさ」

 鼻で笑ってやると心底嫌そうにしている。

「なんでココにいるんだよ」

 帽子のつばを下げようとする頭を抑える。
 それぐらい手の届く位置にいるわけだけど。

「ん。
 見物」

 不機嫌オーラが色濃くなったので、帽子越しに頭を両手で振ってやった。

「やめ、止めてよね!
 晴樹、ガキすぎ!!」
「ガキにガキ言われてもねー」

 視界の端に入った手塚部長に睨まれている気がする。
 そういや、こいつ、部活中なんだっけ。

「さっきのさ、あれなに?」

 上から見ていてもよくわからなかった。
 ただものすごく打ち辛そうだったのはわかる。
 で、こいつが物凄く楽しそうだったのもわかる。

「見たまんまだよ」
「わかんないから聞いてんだよ」

 笑顔で聞いてやってんのに、睨みつけるなよな。
 まったく。

「帰り待ってたら、教えてやる」

 お。
 口元が笑ってるってコトは、機嫌が直ったかな。

「じゃ、私も帰りになんでここにいるのか教えてやるよ。
 ついでに奈々ちゃんの手料理食べてこーっと」
「太るよ、横に」
「伸びるんだよ、上に」

 笑顔で言って返すと、リョーマはさっきよりも楽しそうに、練習に戻っていった。
 ちっこくて可愛いなぁ。
 やっぱり。
 その後姿を見ていると、やはり可愛い弟。
 何年経ってもこれは変わらないかもしれない。
 たとえリョーマがやってるのがテニスでも、変わらない。
 私がバスケをやっていなくても、変わらない。

「…いいなぁ」
「じゃあ走るか?」
「今日は見学だけの約束です。
 お断りさせていただきます」

 いつのまにか隣に立っている手塚部長の申し出は、丁寧にお断りした。

「あのさ、会長?」
「なんだ」
「マネージャーとサポートの違いって何でしょう?
 私、メガホンもって応援しなきゃいけないんですかね?」

 一般にマネージャーというのは雑務担当者で、サポートは応援なんですが。

 たぶん彼の眉間に皺が増えているだろうなと振りかえったのに、彼は真剣に考えこんでいる。

「竜崎先生が何を考えているのかはわからない」

 私も同感です。

「だが、リハビリとも言っていたし、練習を手伝ってくれると助かる」
「具体的に何を?
 私、テニスやったことなんてないですよ」

 これは嘘だ。
 リョーマと再会してからは毎日のようにあそこの親父と勝負してる。
 これで諦めてくれないかなと思ったのも事実だが、次の一言で私は半分の希望だけ捨てた。

「そうだな。
 今後のこともあるし、軽くやってみるか?」

 後から聞いたのだが、これは物凄く珍しいことなのだという。
 手塚部長自ら教えるなんてコトは、なかなかないのだと。

「…あの…」

 止める間もなく、ラケットを取って戻ってくる。
 なんでこの人こんなにやる気なんだ。

「これがラケットだ」

 見ればわかります。
 かなり使い込まれた感じだが、ガットはきちんと張られている。
 現在進行形で使用中に見えるんだけど、これって、練習用ラケット?

「来い」

 手招きされて、部室棟の壁の前に立つ。
 テニスコートじゃないことに、安堵半分不満半分。
 まあいい。
 ここからが肝心だ。
 ものすごく下手だとわかれば、きっと諦めてくれるに違いない。

「とりあえず、打ってみろ」
「はい」

 ラケットを右手に持って、左手でボールをつく。
 軽い音が響く。
 バスケボールより小さいけれど、既にそれは手に馴染んでいる。

 ポーンと、音がする度に心がざわついてくる。
 バスケとはまた違った高揚感。
 そういえば、最初にリョーマの親父に教えてもらったときも、適当に打ってろ、だったなぁ。
 思い出したアドバイスとは逆になるように、やってみれば、きっと上手くいく。
 はず。

「手塚部長。
 麻生に教えるの、俺やります!」

 聞きなれた声に顔を上げ、手元を落ちたボールをそのまま打ってしまったのが運の尽。
 飛びすぎたボールをとっさに取って、そのまま、また壁に打ち返す。
 石垣と違って平面な壁は打ちやすいと思いつつ、声のほうをふりかえる。
 息を切らした桃城が、丁度手塚と向き合ったところだ。
 そういえば、こいつ、テニス部だった。
 レギュラー、だったのか。

「俺にやらせてください」
「もう走り終わったのか?」
「はい」

 えー…。

 手塚部長と私の目が合う。
 その視線が、何か言いたげだ。
 目でなく、口で言って欲しいんですが。

「麻生、テニスをしたことがあるな?」

 ぎくっと、したのがバレてないと良いんだけど。

「え、本当かよ?」
「まさか。
 ありませ…!?」

 否定を紡ごうとしたとたん、重力に引き寄せられ、息が詰まる。
 誰だ、この飛びついてきたのはっ!
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