B-girl

□05)負けず嫌い
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* * *

(手塚視点)



 竜崎先生は何を考えているんだと頭を抱えたくなったが、それは麻生も同じらしい。
 元バスケ部の特待生で、今は左目の弱視故にそれを取り消された少女。
 話には聞いていたが、会うのは初めてだ。
 肩口よりわずかに下で揺れる真っ直ぐな黒髪。
 無理やり押し殺していた表情が今は、相当の自己嫌悪を映している。
 それは堅く結ばれた薄紅の口元からも、整えられた細い眉の間で刻まれる皺からも、震える長めの睫毛からも読み取れる。
 一見、とても落ち着いていて、何事にも動じないように見えたが、今のやりとりからするとかなりの負けず嫌い。

「……」

 視線がなんとかしてくれと訴えてくる。
 というより、恨めしげに睨んでくる。
 しかしそれだけで、何を言ってくるでもなく、数分後、彼女は深いため息を吐いた。

「もしかして、最初からそのつもりだったんですか?」
「ちょっとしたリハビリだと思えば良いだろう?」

 肩を叩かれた麻生ははっきりと嫌そうな表情を浮かべていたが、しぶしぶ頷く。
 彼女も大石も俺も、何のリハビリかは問わなかった。

「ノートには目を通したかな?」
「はい」
「他の事は大石、手塚、おまえたちに頼むぞ」

 こちらに向ける視線は怯えることなく、ただまっすぐで、吸い込まれそうだ。

「よろしくお願いします」

 ふわりと微笑む。
 先程までの興味のまったくなさそうな表情とは打って変わって、花が開くような、そんな笑顔に。

 射抜かれた。

「早速だけど」

 切替の早い大石が彼女に話す。
 俺は麻生を直視できなくて、手元に視線を落とした。
 今度の校内ランキング戦のオーダー決めはまだ終わっていない。
 ランキング戦の説明を麻生は熱心に聞いている。

「どうだい、手塚!?
 うまく4ブロックに分けられそうかい」

 現在のレギュラーは4ブロック均等に分けるとして、後は…。

「今度の校内戦は都大会のレギュラー決めみたいなもんだしね。
 気を使うだろう」
「…はい」

 他はどうするか…。

 話を聞き終えた麻生が窓を開ける姿が視界に入った。

「そういえば、竜崎先生はお目当ての選手がいるんでしょ?
 例えば1年に…」

 窓の外を見て、麻生は一瞬だけ眉をしかめる。
 何にも興味がなさそうに見えたが、何かあったのだろうか。

「アタシの考えはともかく、基本的にウチの部じゃ、1年は夏まで出れないんだろう?」
「そうなんですか…?」

 外に視線を注ぎながら、彼女は極めて普通に会話に加わる。

「まあそれは、部長が決めることですから」

 大石の声ではなく、視線を感じて顔を上げると、丁度麻生がまた窓の外に視線を戻したところだった。

 こちらを見ていた?

「…それは…」

 その呟きは俺にしか聞こえなかったのかもしれない。

『つまらないわね』

 ごく小さな声に驚いていると、こちらに気がついた麻生は口元だけそっと微笑み、口元に人差し指を立てた。
 それから手招きに惹かれるように席を立つ。

 窓の外に見えるのはテニスコートだが、見たところ指示したとおりの活動をしているようには見えない。
 コートに入っているのは2年の荒井と…1年、か。
 インパクト音からして、ガットも張り替えていないようなラケットなのに、1年の彼は体全体を使って綺麗なフォームで打つ。
 2年が圧倒されている。

「…知り合い、か?」

 麻生の視線は楽しそうに1年を見つめる。
 その熱心さを羨ましいと少し、感じた。
 こちらの問いなど聞こえていない。
 ただ熱心に、なぜか勝ち誇る光を瞳に宿す。

 席に戻って、ランキング戦のオーダーに書き加える。

「どう思う、手塚!?」
「規律を乱す奴は許さん…。
 全員走らせておけ」
「え?
 レギュラー達も?」
「あいつらもだ」

 見ているだけで止めなかったものも同罪。

 俺たちが教室を出て行くときも、彼女は窓の外を見つめたままで振り返りもしない。
 それほどに、彼女の気に止まる1年なのだろうか。

「麻生」
「………」
「麻生!」
「はい」

 踊るように回転して、ようやく振り返る。
 少し前までの不機嫌さなど嘘のように、楽しげに。

「どうしたんだ、手塚?」

 大石の問いにハッとする。
 どうして、彼女を呼んだのだろう。

 しかし、呼び止めた俺の代わりに竜崎先生が彼女に問う。

「麻生は今度のランキング戦から手伝ってもらうことにして、今日は見ていくだけ見ていくかい?」
「竜崎先生の御用がこれ以上ないのであれば、少し見学していきます」

 顧問の了承を経て。
 数分後、俺たちは3人で教室を後にする。
 彼女の軽い足取りを、俺はいつになく落ち着かない気分で聞いていた。
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