B-girl

□14)強がり
1ページ/3ページ

 屋上の更に上、入口上が私の普段の特等席だ。
 階段も梯子もないが、両手をつけば乗れないことはない。
 もちろん両手が塞がった状態でお弁当は持てないので、結び目を口に咥えることになるのだが、人気のない場所で気を使う必要はない。

 給水塔にハンカチを敷き、寄りかかって膝を投げ出す。
 その上にお弁当を広げ、両手で箸を持ち、お弁当に礼をする。

(いただきます)

 そんな風に普段通りの昼食を済ませ、のんびりしていると、甲高い声が出てきた。
 一つではなく複数のそれに聞き覚えがないこともない。

「ほんっと、あの女ムカつく!」
「何であんな子がマネージャーなの!?」

 その単語で何となく興味を惹かれる。
 もしや、自分のことかもしれない。
 音を立てないように、そっと移動する。
 より影になる方へと。

「だいたい竜崎先生だって女子マネはとらないって言ったのに、どうしてあの子は特別なの?」
「特待でも何でもないのに、他の先生だって麻生さんだけ特別扱いしてさー」
「バスケのマネージャー断って、なんでよりによってテニス!?」

 あー…久々に聞いたなぁ。
 こーゆーの。

 口元が楽しさに緩んでくる。
 元々が攻撃的な性格なので、こんな風なのは慣れてもいる。
 けしかけることも多い。

 本人がいないとここまで言えるのに、今まで何の嫌がらせもなかったこと自体奇跡だ。
 やっと来たか、と腰をあげる。
 もちろん応戦するために。

 そっとそっと移動している最中、変化が起きる。
 もちろん移動中の私には無理だ。

「どうして、バスケをやめたんでしょうね?」

 誰かが静かな声で言うと、全員が口を閉じる。

「だって、以前の麻生さんなら絶対にこんなことなかったでしょ?
 面倒見は良いし、愛想も良かったし。
 でも、今は周りを拒絶するみたいにやってて、まるでわざと嫌われ」
「はーい、そこまで」

 屋上の扉の隣、彼女の言葉を遮る。
 その場にいた女子がざわつく。

「貴方、いつから…」

 リーダー格らしき少女が呟く言葉を笑顔で制し、言葉を繋げる。

「私は誰にも好かれようとも嫌われようとも思っちゃいないわ。
 それと、マネージャーじゃなくて引き受けたのはサポーター。
 竜崎先生の手伝いの一環なのよ」

 ここまではいい?と確認する。
 無言のままの彼女たちに続ける。

「それから「特待でもなんでもないのに」特別扱いなのはまあ、これでも成績優秀ですから?」

 ワザと挑発して。

「バスケは」

 無理やりに笑顔を作って、無理やりに紡ぎ出そうとした言葉は喉につっかえて出てこない。

「…バスケは?」

 鸚鵡返しにされ、ぐっと両手に力を込めた。
 ここで言えば、吹っ切れると思った。

「バスケは、あ」
「麻生いるかー?」

 さっきまでの私と同じように言葉を遮って、すぐ脇の入口から桃城が顔を出した。
 私を見つけ、にやりと笑って呼び出しされてると連れ出した。
 彼女たちに別れを告げ、校舎に入る。

(なんて、タイミングの。
 悪い)

 バスケの神様は、私から視力を奪っておきながら、バスケをすることを奪っておきながら、ウソでもバスケを嫌いと口に出すこともさせてくれないらしい。

 急に暗いところに入ったため、すぐには動けない私の腕を桃城が引く。

「余計なこと言おうとしただろ」

 桃城に合わせて階段を降りることのできない身体が躓く。
 それを彼はなんなく抱き留めて、囁く。

「お前、見てて危なっかしいんだよ。
 ほっとけねーんだ」
「ちょっと」
「好きなものを否定すんなっ」
「っ」
「バスケ好きなんだろ?」
「っ…はなせ…!!」

 階段ということも忘れて、力一杯突き放すとすぐ後ろはもう壁だったらしく、支えの出来た桃城は更に強く腕を締めつけてくる。

「――言えよ」
「嫌っ」
「好きって言えっ!!」
「ヤっ」

 なんで、言わせようとする。
 封印してきた気持ちを、解放しようとする。
 桃城には関係ないのに。

「桃には関係な」
「関係ないことあるかよ!
 俺は、俺はなぁっ」
「いやぁぁぁっ」

 急に解放され、今度は二の腕を強く捕まれて引き寄せられる。
 感触はよく知っているものだ。

「なにしてやがる」

 唸るような海堂の声に怯むことなく、桃城が吼える。

「なんだよ。
 てめーには関係ねぇだろ!?」

 無理やり立たせるように私を支えてくれる、そのいつもの動作に平静を取り戻す。
 そして、思い出す。
 この二人がものすごく仲が悪いことを。

「海堂、行こう」
「…いいのか」
「うん」

 後ろで騒いでいる桃城を無視して、私は階段を駆け下りた。
 転ぶ寸前とか気にしてもいられなかった。
 後に付いてきていたはずの海堂が下で抱き留めてくれ、軽い礼と無理やりの笑顔を作って彼と別れた。

「…本当に、大丈夫なんだな?」
「うん、ありがとう」



* * *
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ