B-girl

□06)校庭100周
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(不二視点)



 珍しいものを見た。
 いや、見ている、かな。
 校舎から歩いてくるのは手塚と大石。
 たぶん校内戦のオーダー決めでもやっていたんだろうね。
 そこまでは見慣れた風景だ。
 問題は、その後ろを歩く人影があるということ。
 彼らの後をついてくる人物はジャージではないし、テニスウェアを着ているわけでもなければ、ガクランでも無い。
 つまり、女子の制服を着ている。
 あの手塚の後を楽しそうに着いてくるなんて、変わった子だな。

 テニスコートの外で、手塚は彼女に何かを言い、彼女は自分の足元を見て近くのベンチに座った。
 風が吹いて流れる髪を押さえる、その姿に桃が小さく声をあげる。

「桃、知り合い?」
「友達ッス」

 テニスコート内に手塚の声が響き渡るのを、彼女は楽しそうに眺め、誰かに小さく手を振っている。
 それは桃城に向かってではなく、先程までボロボロのラケットで試合をしていた1年に向かって、だ。
 彼ともどうやら知り合いらしいが、1年の彼の方は帽子を目深に被って走りに行ってしまった。
 僕たちも走らないと手塚に怒られるかな。
 別に怖くはないけど、視線を背に走り出す。

 今日は良い風が吹いている。

 先ほどの彼女は、風に吹かれる髪がとうとう邪魔になったのか、ポケットを探っている。
 一周毎に、その髪型で悩んでいる様子が変化する。
 編んでみたり、サイドだけ上げてみたり。
 どれも何か違う。
 どこか合っていない。

「不二〜、あの子知ってる?」

 並んできた英二が話しかけてくる。
 隠す必要も無いし、別にいいか。

「桃の友達だって」

 そういうと、先頭を走っている桃に追いつくために、英二はスピードを上げる。
 もっともそんなに距離も離れていないから話す声は良く聞こえる。

「桃、あの子と友達?」
「クラス、同じなんスよ」
「俺さぁ〜なんかどっかで見たことある気がするんだけど、なんっか思い出せないんだよね。
 桃、知らない?」

 英二、それは無理じゃないかな。
 乾ならともかく、君が見たことあるかどうかを桃が知ってるわけないのに。

 後ろでラフに一本に結わえた姿は、僕もどこかで見たことある気がする。
 でも、思い出せない。
 次の周で戻ってくる頃には結局縛るのは諦め、彼女はその髪が流れるままにしたようだ。
 風に揺れる黒髪はゆらゆら揺れて、めんどくさそうに耳にかける。
 白く細い手をすり抜けて、少ない一房がまた落ちる。

「彼女は麻生 晴樹。
 2年8組で、半年前まで女子バスケ部のレギュラーだったよ。
 球技大会かなんかで見たんじゃないかな、菊丸」

 少し後ろから聞える乾の声。
 相変わらず、他のデータも抜かりないね。

「あ、そうかも?
 んーでもなんか別の人かもしんないと思ったんだけど…」

 僕も英二と同じコトを考えていた。
 2年の麻生さんて、もっと元気なイメージが強かったんだけど。

 話しながら、追い抜かしたのは何人目だろう。
 段々と僕らについてくる部員がいなくなってゆく。
 ただ巻き起こる風と微量の砂埃が、流れた汗にべとりと張りつく。

「て、麻生のデータまであるんですか。
 乾先輩!?」

 ちらりと振りかえった桃は、驚いたような怒るような困るような悩むような、とにかく誰が見ても複雑な顔をしていた。
 その視線が動いて、一瞬だけ彼女を見つめる。

 本当にその一瞬、彼女が微笑んだ気がした。
 僕に向かって?いや、桃に、か。
 それともーー。

「ちょっと気になったからね」

 桃城の背に明らかに不機嫌が上乗せされる。

「手塚と大石の後ついてきたってコトは、とうとうマネージャー取るのかな!?」

 だったら嬉しいなと、英二の速くなる足に合わせてピッチを上げた。

 さっきからちょっと気になる足音が付いてきてる。
 先ほどまで部室に放置されていた古くてネットも張り替えていないラケットで、2年の荒井と圧倒的な試合をしていた越前は、僕らのスピードに遅れることなく付いてくる。
 焦っている様子はないし、彼はたぶんいつもどおりのペースなのだろう。

「過去のデータから言って、手塚が了承する確率は1%だよ」
「げっ 乾、数字に出さないでよねー。
 虚しくなるから」
「麻生がオッケー出す確率のが低いッスよ、乾先輩」
「それも加えると0%かな?」

 ためしに加わってみると、早速英二が不満をぶつけてくる。

「ちょっと、不二も乾も桃も!
 可愛いマネージャー欲しくないの!?」

 話題から逃げるかのようにピッチをあげる桃を、英二もまた追いかける。

「そりゃーほしーとは思いますけど、麻生はダメですよ」
「なんで!?」
「あいつ、人の世話するの嫌いだって言ってましたから」
「え〜っ」

 不満そうな声をあげる英二。

「折角可愛いのに」

 残念〜と言いながら、結局英二はピッチを落とさなかった。

 これだけのスピードで走っているのに、越前もずっと着いて来ている。
 当然のように、僕らより先に走っていた彼は先に終っていて、真っ直ぐ彼女に向かって行く姿を桃が羨ましそうに見て、すぐに視線を外す。
 遠目に見てもそれは弟扱いだったけれど、彼女の視線はとても柔らかくて温かかった。

「ーー不二も気になってるでしょ。
 ホントは」

 並んだ英二が小さく呟く。
 そのまま言い逃げるように、まだ桃を追って行く。

 もう一度、彼女を見た。
 楽しそうな視界はもう僕らを見ていなくて、目の前の少年にだけ注がれていて、それでも時折淋しそうな光を向けてくる。
 その視界にあるのは僕らではなく、全然別の何かだ。

「珍しいね、不二」
「ん?」
「麻生ばかり見て、走ってるよ」

 そう言って、乾も僕を追い抜かしてゆく。
 いや、追い抜かしていったのではなく、僕の足が走るのをやめようとするからだ。
 意識して、足を動かし、仲間の背中を見据える。

 誰が、誰を見てるって?

 風が吹く。
 でも、彼女は目の前の少年を構うのに忙しいのか、今度は髪をかきあげない。
 なんとなくそれで麻生さんの性格がわかってしまった。
 おそらく、彼女はやりたいときにやりたいことしかしないのだろう。
 ただ自由で、ただ自然。
 羨ましい生き方をしているね。

 まるで今日の気まぐれな風のようだと感じた。



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