B-girl

□05)負けず嫌い
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(…騙されたかな)

 数冊の本を抱えて運びながら、首を捻る。
 現実には真っ直ぐ無表情で歩いているようにしか見えないが、たしかに心の中では首を傾げていた。

 手伝いを了承した後で渡されたのは、1冊の、びっしりとテニスルールの書きこまれたノートだった。
 手書きであるが、竜崎先生の書いたものではない。
 手伝うのにどうしてテニスルールを覚える必要があるのかわからない。
 数学というより、テニスメインなのだろうか。
 あの教師はたしか男子テニス部の顧問だ。
 ずっと昔に世界レベルの選手を育てたとも、聞いたことがある。

ーー男子テニス部か。

 おそらくリョーマはそこに入るだろう。
 そして、あの性格だ。
 おそらく荒れるだろう。

(…そういう意味なのだろうか)

 逆を返せば、リョーマに騒ぎを起こさせなければ良いのかもしれないが、言ってきくような少年じゃない。

(…不安…)

 頭では不安だと思っていても、心の奥では楽しそうだと思っている自分は否めない。
 喧嘩も祭りも大好きだが、目のことがあってからすっかりご無沙汰だ。

 これは久々に楽しめるかもしれない。

 バスケばかりで生きてきたけど、そろそろ本当に別のなにかを見つけなければいけない。
 バスケではない、別のなにかを。
 今すぐ決めろと言われても困るし、正直、竜崎先生の申し出はありがたかった。
 ただひとつの難点はうちの男子テニス部が結構強いらしく、女子ファンがとても多いということだ。
 やっかみや嫉妬というのが、一番厄介。
 それをどうするか今から対策を練っても遅くはないだろう。

 教室のドアを叩く。
 骨と鉄の板のぶつかる音は、時として澄んだ音色を響かせる。

「竜崎先生、麻生です」

 中から、複数の気配がある。
 誰がいるのだろう。
 気がついていないのかと、もう一度ドアを叩く。

「…すまないね、麻生」
「いいえ」

 先生の体の影から見えるのは、男子テニス部員のようだ。
 青と白のレギュラージャージが目に痛い。

「麻生?」

 ひとりが近づいてくる。
 優しそうな雰囲気を持つ男だ。
 見たことが、ある。

「なんで、麻生さんが?」
「大石先輩、男子テニス部だったんですか?」

 思わず、目を丸くして聞いてしまう。
 その後ろで、竜崎先生が大声を挙げて笑った。

「あんたたち、知り合いだったのかい」
「前に保健室で…」

 まだ目が悪いことも知らず、健在だった頃の話だ。
 たった半年ぐらいしか経っていないのに、何年も前の出来事みたいに懐かしい。
 前に保健室で合ったことが数回ある程度だが、向こうも覚えていたことにも安堵した。
 その向こうにいる生徒会長、手塚が男子テニス部の部長だというのは有名な話だから、驚くことはなにもない。

「丁度良かった。
 彼女には今後お前達の手伝いをしてもらう」

 と、竜崎先生が言い出したとたん、手塚会長の眉間に深い皺が一本増える。
 大石先輩は、怪訝そうな顔をしている。

 私も相当な表情を出してしまっていたのだろう。
 3人を見まわして、彼女はまた大きく笑った。

「なんて顔してんだい、3人とも」
「竜崎先生、男子テニス部のサポートするとまでは言ってませんよ」
「言ったはずじゃよ。
 部活関係でも手伝ってもらうことがある、とな」

 たしかに言っていた気もするけど、マネージャー業みたいなことをやるとは言っていない。
 なんで私がサポートまでしなきゃならないんだ。
 面白そうかもとは思ったけど、話が違う。

「マネージャーは必要ないでしょう」

 私のいう代りに会長がきっぱりと言い切った。
 よかった。
 反対してくれる人がいる。

「それに、彼女はバスケ部の…」

 なんでそんなことまで知ってるのかなー、生徒会長。

「その点はもうバスケ部の先生と話をつけてある」

 反対もしなかっただろう。
 だって、私はもう戦力外だ。
 コートに立つことも出来ないのに、続けられるほど強くない。

「しかし…」
(頑張れ、会長。
 粘ってくれ…!)
「それにマネージャーではなく、サポートだよ」

 マネージャーとサポートの違いってなにさ。

「あの…竜崎先生」
「なんだい、大石」
「サポートといって、彼女に出来るサポートなんてないんじゃないですか?」

 彼は、大石先輩は私の目のことを知っている。
 言っていることもわかる。
 たしかに片目では。
 でも、片目でも出来ることはあるわよ。
 ないなんて言い切られると、逆に腹が立つ。
 胸のあたりがむかついてくる。

「そうなのかね、麻生?」
「お言葉ですが、大石先輩。
 何をどう判断して「何もできない」とおっしゃるんですか?」

 言ってはダメだと、止めようとしてももう止まらない。

ーー負けず嫌い、発動中。

「できるかできないかは、やって見てから判断していただきたいものですね」

 サポートぐらい、できるわよ。
 そう、言い切ってしまったことに気がついたのは、その直後で。

「だそーだ。
 どうかな、手塚、大石」

 にやりと微笑む竜崎先生の口元を見て、ようやく私ははめられた事を知ったのだった。

「これからアタシの代りによろしく頼むよ。
 麻生」



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