妄想話T&B(兎虎)

□それが恋だと気付かないから(未完)
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「ハッ!詭弁だな…帽子は本心を隠す為の隠れ蓑のクセに…」

「えっ…?何?何か言った?」

 対向車のヒステリックなクラクションにかき消され、合理主義のはずの僕が、吐いた直後に後悔した子供じみた皮肉は彼には届かなかったらしい。

「いいえ。何も言ってませんよ?」

 僕は内心ヒステリックな誰かに感謝した。

「何だよもぅ…あっ!バニー、いつものマーケット寄ってくの宜しくな?」

 そろそろかと思っていたら、やはりオジサンが いつもの場所への寄り道をジャストタイムで指示してきた。
 ついつい失念してました風を装った言い方をしているけど、僕に抱かれることしか頭にない今のあなたにとって、これから過ごす夜に無くてはならないアイテムを手に入れる場所なんですから、そんな演技しても白々しいだけですよ。オジサン。

 本当、おかしいな。なぜ今夜はこんなにも…。
 僕はこの人を虐めて困らせてやりたくて堪らなくなった。

「…アルコールなら僕の家にありますから。それでいいでしょ?」
 
 オジサンはまたもや、どうして今日はそんなこと言うの?と言わんばかりの表情で僕を見ている。
 正確には僕は前を向いたままだから分からない。だが、
いつもと違う態度の僕にオジサンが戸惑っているのが手に取るように分かる。

「…なんだよ。オレがワインじゃ酔えないの知ってんだろ?いつものみたいにもっと強いのじゃねーと…いいから寄ってくれよ。」

 さっきのおちゃらけた声とは違う低く掠れた声音でそう言うと、オジサンはさらにハンチング帽を深く下げ、ウィンドウに凭れてしまった。

 ええ。そうですね。分かってますよ。僕の家、ワインのロゼしか置かないのあなた知ってますからね。ワインは薫りを楽しむ為のものですから、酔う為のアイテムとしては確かに不適格なんでしょう。あなたは僕とワインの薫りを楽しむ優雅な時間なんか求めていない。求めてるのは…
 発情期の獣みたいに言葉も交わさず、躰と脳がグチャグチャに溶けるまで僕のペニスに貫かれることだけだ。
 ただ、僕の躰を利用することの罪悪感を、あなたは極度に強いアルコールでエスケープしてる。…とんでもないヒーローですね。オジサン?

 しばらく走ると見慣れたネオンが右手に見えてくる。さっきからすっかり黙り込んでしまったオジサンが、そのネオンに反応し此方に視線を向けてくる。
 当然のように、僕がハンドルを切りマーケットに入ると思ってい
るのだろう。オジサンは組んでいた長い脚をスラリと解き、車から降りる為に上体を起こした。

「ちょッ!バニー!?」

 オジサンは声を荒げて僕の顔を凝視する。

「何ですか?」

「何ですかって…何でマーケット寄ってくれねーんだよッ!酒、買えねーじゃねーかッ!」
 
 彼が怒るのも無理はない。僕はあれほど言われてたマーケットをわざと素通りしてやったのだから。

 オジサンの剣幕に、僕のイライラが更に増す。

「さっき言いませんでした?アルコールは僕の家にありますって。…第一、アルコールなんて本当は関係ないじゃないですか?あなたSEXするのが目的なんでしょう!?」

(言ってしまった。)

 余計なことは言わないはずの合理主義が聞いて呆れる。
 もう、ヒステリックなクラクションの誰かは僕の失言をフォローしてはくれなかった。
 
「ッ……!」

 オジサンが息を飲むのが分かった。

「……ろ…」

「は?」

「車を停めろッ!」

 彼が悲鳴のような声で叫んだ瞬間、フロントガラスのネオンの残像が綺麗な尾を引いて流れた。

「うわッ!!」

 僕は目前に迫ったガードレールの手前で急ブレーキを踏んだ。
 後続車が、戸惑い
と苛立ちを隠せない響きのクラクションを鳴らし去っていく。
 今更クラクションを鳴らされてもフォローは不可能だ。
 こんな所でヒーロー2人が痴話喧嘩の末大事故なんてゴシップ、僕の輝かしい経歴に加えられるのはごめんだ。
 僕は自分の仕打ちは棚にあげ、訳の分からない今までの苛立ちをぶつけるように、オジサンに向き直り捲くし立てた。

「あなたッ!何してくれてるんですか!?急に横からハンドル切るなんてッ!もう少しで僕達死ぬところ…」

 心臓が停まるかと思った。

 オジサンが泣いていた。

いつもキラキラ輝いている琥珀色の瞳から大粒の涙をポロポロ零して。

いつもたれ気味の眉はもっとハの字に角度を下げて。

 首だけを此方に向け、僕を哀しげに見つめて泣いている。

「オジ…サ…」

 声が上擦り、体はハンドルを握りしめたまま金縛りに合ったように動かない。
 さっきの衝撃で吹っ飛んだのかオジサンの定位置にハンチング帽が見当たらない。
 ああ、やっぱり帽子が無いほうがオジサンの顔がよく見えるな…なんて今の状況の深刻さを無視する情報を最優先に伝えてくる僕のシナプスは正常に繋がっているのだろうか?
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