Chocolate Assort

□昔話
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「んっ…ぁ…リー…マス…っ…」

「大丈夫、君には僕がついてるから。」


必要の部屋、朝の木洩れ日に似つかわしくない悩ましげな吐息。
僕は愛しいアヤメの耳元に唇を寄せて、彼女が望む通りの台詞を吐く。


「愛してるよ、アヤメ―――…」


好機を窺っていたはずの僕が、一向に別れる気色を見せないふたりに痺れを切らしたのは言うまでもない。

いっそシリウスの背中を見つめるアヤメが幸せそうな顔さえしてくれたなら…
そう、胸の中で幾度も言い訳をした。

けれど、それはある意味紛れもない事実。
シリウスの隣で、彼女が本当の喜びを噛み締めていたのなら僕の出る幕など存在しなかったのだから。





初めてアヤメに声を掛けたのは、置き忘れた教科書を取りに 魔法薬学の教室に戻った時だった。

もう次の授業まで時間がない。
勢いよく教室のかび臭いドアノブを捻った途端、甘い匂いが鼻腔をくすぐって 僕は動きを止めた。
不思議なくらい甘美で眩暈がする、それでいて落ち着く。
そんな香りだった。

香りの先を目で追えば、
なにかを刻みながら、時折大鍋の具合を確認しているのはシリウスの彼女で、僕の密かな想い人。

まるでおとぎ話の魔女のような鮮やかな手つきだ。
スラグホーン教授のお気に入り。なんとなくその理由も分かる気がした。


「やぁ、何煎じてるの?」


真剣な眼差しを大鍋に向ける彼女に、声を掛ける。


「ルーピンくん!!?」


僕の存在に気付いていなかったらしい彼女は これでもかという位に肩を震わせた。
不審そのもの。


「あのっ…ごめんなさい!!!」

「・・・・・。」

「えっと………」


突然慌てて、突然謝りだしたアヤメ。
僕は貼り付けておいた自分の笑顔が完全に凍りつくのを自覚した。


「ルーピン、くん…?」


何の返事もしない僕の顔色を恐る恐る窺うと、ぎこちなくファミリーネームを呼ばれた。
学内でも有名な問題児と、恋人の親友である僕のことを知らないはずはない。
それでも、言葉を初めて交わす相手にファーストネームは憚られるといったところだろう。
まぁ、至極当然か。


「リーマスって呼んでもらって構わないよ?」



取り敢えずは 笑顔を作り直して問いかける。


「じゃあ、リー、マス………」


遠慮がちに、小さく呟くアヤメに 僕は満足。


「それで、なに煎じてるの? 」

「………。」

「………?」


大鍋のことはよほど聞かれたくないのか、唇を引き結んで難しい顔をされた。


「すごくいい匂いだね」


問い掛け直すも、沈黙。


「………」

「………」


サイアクだ。
恋焦がれていたアヤメに、やっと話しかけられたというのにあまりに気まずい。

これ以上触れるのは止そう、と口を開きかけた。


「ねぇ、リーマスには…どんな匂い?」


今までだんまりを決め込んでいたアヤメが、真っ直ぐ僕を見詰めていた。

心臓が跳ね上がった。


「どんな、匂いに感じる?」


憂いを含んだような瞳に吸い込まれそうになるのを、じっと耐える。


「僕には…とっても甘い匂いに感じるよ。」

「甘い………?」

「そうだね、チョコレートに…スミレの砂糖漬け…ブラン・マンジェ…」

「ふふっ…お菓子ばっかり」


やっと笑った。
シリウスの前で見せるのとは違う、花の咲いたような、ホンモノの笑顔。


「でもそれだけじゃない。ヘリオトロープに、それにクランベリーの香りだ」


ニセモノの笑顔をしか浮かべられない僕にはもったいないような笑顔。


「リーマスの甘いものってお菓子だけじゃないんだね?」

「まあね」


僕はそのまま次の授業をサボった。
もうひとつ、アヤメの甘いシャンプーの香りを大鍋に見い出したことは内緒にして。
 
 
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