綴夢

空翔ける虹、虹架ける魚 Span.9
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「このサカナ、『虹架け魚』だし」
「ニジカケウオ?」
オレは頷いて見せた。
二人で地面に膝を付いて、水槽を眺めたまま話した。
「ほとんどデータが無い……超レアな生き物だし」


『虹架け魚』
太陽の光で成長する魚。
太陽の光を浴びていない時は、眠っている魚。
稚魚の間は身体は曇った空のような冴えない色だ。
だがその時分から己が身体に溜めに溜め込んだ光は、成魚になる時に一瞬で鱗を七色に変える。
その、ほんの僅かな成魚の間、魚達はその住処に七色を湛えながら舞うように泳ぐ。


「つーかコレ、ホントに売ってたのか?!」
オレだって、映像でしか見た事が無い。
食えないサカナには、リコは元よりココも興味を持たなかった。
オレだけだ。外の世界にはこんな美しい生き物もいるんだと感動して、かなり無理して情報を手に入れたんだった。
ガキだったオレには手の届かない存在だった。だからか、すっかり忘れていたな。
「お店の人は、変なのがニ匹紛れて来た、って」
「ヘンなのって…」
確かに地味だし、世間にはほとんど知られていないサカナだからな。
「それにエサも食べないし、怪我して弱ってきてるから売り物にならないって、他の金魚と別にされて」
かわいそうだった、とソバカスは言った。
「………ハ。」
ソバカス、何つー幸運だよ。
どういう経緯でニ匹だけ紛れたかは知らんが、ソバカスの話にオレはなるほど、と思った。
こいつらのエサは太陽の光だ。それが無いと生きられないサカナだ。光の届かない店の中で、動きも鈍ったんだろう。
それでソバカスが世話してる間に眠っちまったんだろうな。
第一このサカナ、太陽の光を浴びないままだったらそのまま死んでいた。危ない所だった。
「で、どうせダメだろうから持ってって良いってお店の人が」
「ちょ、それって…まさかタダでか?!」
うん!と元気良く頷いたソバカスに、オレは耳を疑った。
おま、それって幸運って言葉じゃ軽すぎるぞ。
コレの本当の価値知ったら、ソバカスも店員もぶっ倒れるぞ?!
………。
…まぁ良。
値段じゃねーし。

今のオレには、ソバカスにいつもの元気が戻ったって方がよっぽど重要だし。


「本当にありがと!サニーのお陰だよ!」
そう言ってオレを肩越しに見るソバカス。その顔がやけに近い事にオレは気が付いた。
てか、気付くのが遅すぎね?
何でオレの腕、ソバカス抱えてんの?
確か一旦離れたよな?で何?オレ抱え直した訳?
この体勢でオレ、今まで普通に話してた訳?!
待てよ。何でソバカスもオレの腕に大人しく納まってる訳?!
ちょ。オレの腕にしおらしく手を添えてんじゃねーよ!
ありえん。ありえんだろ?近いだろ。ソバカスのソバカスが!
そんなオレの動揺も知らず、ソバカスはまた前に向き直り、綺麗だね〜、と上機嫌でサカナを見下ろしていた。
つーかよ……?
気付くの遅かったけど、オレ、たった今気付いたよな?
じゃ、何で。
何で腕が離せないんだし?!

そんなオレのうろたえ振りを、サカナはまるで笑うかのようにくるくると、実にくるくると楽しそうに水槽の中を泳ぎ回っていた。
その姿はまるで、漸く再会した太陽の光を身体の隅々に行き渡らせているかのように。
くるくる、くるくる。
くるくる、クルクル。
クルクルクルクル。
「…ねぇ、サニー?何か様子が変だよ?」
言われてはっと我に返ったオレも、確かに変だと思った。
二人してもう一度水槽を覗き込んだ。
そう言えば、夢の中でもサカナはくるくると回っていた。
それで、最後は太陽に向かって泳いでいったんだった。
太陽に向かって。
「…っ!しまっ……!!」
気付いて立ち上がろうとした時には遅かった。
サカナの身体が膨れ、水面を跳ね上げた。
顔目がけて飛び掛かってきたニ匹は、目の前で弾けた。
「きゃあっ……!!」
驚き仰け反ったソバカスの加重で体勢を崩したオレは、ソバカスを抱えたまま尻餅をついた。
そのオレ達の目前を走り抜ける、七つの色。


…ほんの僅かな成魚の数日間、魚達はその住処に七色を湛えながら舞うように泳ぐ。
…そして最期は空に虹を架けるようにして、その身を消滅させる。
……『虹架け魚』。



……つーか、初めて見た。こんな見事な。
雲ひとつ無い青空に描かれた、鮮やかなアーチ。
ニ匹の虹架け魚の最期。
オレ達の足元から背後に大きな二つの虹が交差するように伸び、それは遥か空の彼方まで続いていた。
長い間、オレ達は目の前に広がった色彩に瞳を添わせ、ただ心奪われていた。
どのくらい経った後か。
「…サイコーだ、な」
「綺麗………」
小さく呟かれた二つの言葉は、重なっていた。
それに気付いたオレとソバカスは顔を見合わせた。
虹に見惚れていたソバカスのほんのり赤い頬と、未だ瞳に光残す、七つの色。
「か……っっ。」
不意に飛び出そうとした言葉を、慌てて飲み込んだ。
「か?」
「……んでもねーし!」
どうやらオレは、心だけでなく思考回路にまで虹が走ってしまったらしい。
平常心平常心!集中!統一!と念仏のように唱えてみた。
「どうしたの?」
「…んでもねーって!」
「サニー、凄く変な顔してる!」
プッと噴出したソバカスの顔に、オレの頬がピクピクと震えた。
人の気も知らないで、このソバカスのクリクリめ!
そう思ったら、少しだけいつもの調子が戻って来た。
「そう言うまえはよ?仮にもオンナだし?」
「何?いきなり?」
再び虹を眺めだしたソバカスに呟きを一つくれてやった。
「口の中丸見えだし」
ソバカスはガバっと口元を押さえた。
「マヌケ顔見せてんじゃねーし」
「上向いてたから!しょうがないでしょ!!」
途端に真っ赤になってぷいと横を向いたソバカス。その姿に鼻で笑ってやった。良し。オレ、完全復活だ。
「マジ、オンナじゃねー大口だったし」
「うるさいな!」
「れにあんな小さい鏡。他に持ってねーのかよ」
「い、良いじゃん!使えたんだから!」
「…ま。れは確かに一理あるな」
「でしょ?」
「…まえに贈るし」
「え?」
「虹架け魚のお礼だし。もっとでかいやつを贈ってやる」
「えっ?!」
「だから、付き合うし」
「…えっ?なっ?ええええ?!」
「だから!…付き合うし。」


急にしおらしくなって俯いたソバカスは、そのまま一言もしゃべらなくなった。
また何か気に触ったのかと自分の言動を思い返したオレは、あまりの現状に現実逃避しかかった。
さっきオレ『買い物に』って言葉出したか?出したよな?出してない訳無いよな?!
今日のオレはどうかしている。言う事為す事、ありえんほどの迷走。
今もまさにそうだ。…何でオレ、ソバカス抱えたままなんだし?
その答えを導こうとしたら理性みたいな物が邪魔をして……と言うよりも答えを知らない方が良いと本能が伝えてきた。
そのまま恐る恐るソバカスの顔を覗き込んだ。さっきのオレの言葉を誤解して返事を迷っているのかと思ったが、その予想は外れた。
ソバカスは至って真剣な顔で水槽をじっと見ていた。
「あー……」
サカナは虹になっちまったんだった。
空になった水槽、どうすれば良いんだし。ここで新しいの買えって言ったら、見事にフリダシに戻る。
だとしても何て言えば良い?勿論ソバカスを泣かさない言葉だ。
今度こそ、今度こそだ。ちゃんと考えろ、オレ。
そんな必死なオレの気持ちも考えずに、ソバカスはいとも簡単にオレの腕からすり抜けて立ち上がった。そして水槽から目を離さず、手探りでオレの腕を掴むとグイグイと引っ張った。
「な、何だし」
「……水槽」
「だから、今考えてるんだって。……次は何に使うか」
「違うって!」
…バカだオレ。また地雷踏んだし。
次はどっちに飛んで来る?まぁどっちでも良。とっととやれ、と甘んじて受けようとしたオレ。そんなオレの腕をソバカスは更に強く引っ張った。
「何かいるの!水槽、さっき光ったの!」
「あ゛?」
ソバカスはそう言うと、オレの腕を掴んだまま恐る恐る水槽に近付き、覗き込んだ。
んー?と目を凝らして考えているソバカス。
「何もいる訳ねーし」
と言いかけた言葉は、ソバカスの「いたー!!」と言う甲高い声に消された。
「えっ?!」
「たまごー!!」
たまご?タマゴ?……卵?!
「マジかっ?!」
オレは水槽にコレでもかと頭を近づけた。
ゆらゆらと揺れる水の中を、目を皿にして探す。
透明と思われるその中に、微かに煌く小さな粒たち。
それを確認できたオレに、ソバカスが横から抱き付いてきた。



ニジカケジュニアナリ。



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