綴夢

空翔ける虹、虹架ける魚 Span.6
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どのくらい経ったんだろうか。

気が付いたらオレは膝丈くらいの草の中で、大の字に寝ていた。
あれ?オレ、家にいたんじゃなかったか?
てゆーか、どこだよここは。どうやって来たんだし。
そう思いつつも、オレは起き上がる気になれなかった。
今まで何をしていたっけ?と頭を働かせようとしたオレの鼻先を、さらりと風が通っていった。
その風は草を優しく揺らして、オレの周りでさわさわと音を奏でていた。
風が運ぶ、少し湿気を含んだ、草の匂い。
見上げている空は高く、何処までも青い。
時折訪れる雲と、ソイツが落とす影が、また、
「…すばらし。」
なんとまぁ、心地良い空間があるものだ。
オレはまた目を閉じた。
もう少し、この気持ちよさに浸ってても良いだろ。


目を閉じていても感じる、太陽の眩しさに。
さわさわ、さわさわ。
揺れなびく草の、囁き声。
さわさわ、さわさわ。
オレの顔を掠めて行く、癒しの香。
さわさわ、さわさわ。
右から左に。左から右へ。
オレの髪をくぐり抜けて行く、柔らかい風。
右に、左に。
絶え間なく通る、柔らかい………風?!

オレははっとして眼を開けた。
視界の端を、ふわっと横切ったもの。


サカナだった。




さわさわ、さわさわと。
オレを極上の気分に浸らせてくれていたモノ。
オレの髪の間を、何か囁くように通っていったモノ。
風と思っていたそれは、二匹のサカナだった。
その半透明のキラキラしたかたまりが、オレの周りをフワフワと泳いでいた。
「……マジか?!」
オレは慌てて起き上がった。
オレの周りには、ただ草と空と雲だけが延々と続いていた。
その終わりの無い空間に、オレと、二匹のサカナ。
ソイツらはパクパクと空気を食んで、空中をふよふよと漂っている。
不思議な事に、オレは目の前の光景に違和感を感じなかった。
むしろオレはソイツを捕まえてみようと思って、そろそろと立ち上がった。
触れようとした途端、スルリと手を通り抜けていく。
「あれっ」
意外と素早いな。ならオレも本気出すか。
そんな事を考えて、そのサカナを捉えるべく触覚も網の目のように張り巡らせて。
余裕だろ、と思ったが。
くるり。
向きを変えて。
するり。
その”ひれ”を翻して、巡らせた網も難なく潜り抜けられた。
何でだ?と思いつつムキになっても全く効果は無く、逆に俺の頭をパクパクとつつかれたりした。
何故だか分からないが。自分からは寄ってくるくせに、オレからは触れさせてはくれなかった。
「……は。」
何度か繰り返したオレは、疲れてまた草の中に埋もれた。
そんなオレに気が付くと、その二匹はオレの目の前にふよふよと顔を出す。
オレが起き上がるとするりと逃げる。
またも近寄って来たソイツらに向かって、うっとおしさについ悪態をついた。
「んだよ。まだオレに用でもあんのか?」
その言葉に、二匹が絡まりあってクルクルと回った。
「…マジ?」
自分の言った言葉と、その答えに呆然とした。
用って、オレに?サカナが?!何の?
そう考えていたら、またも二匹がオレの頭をツンツンとつついた。
「やめろって」
サカナはオレの払いのけようとする手を物ともせず、あちこちの髪の毛に食いついて引っ張った。
「てっめ!レの髪をソバカスのみたいにつまむんじゃねぇ!」
オレがそう言った途端に、二匹がまたクルクルと泳ぎだした。
「え?」
すぅっと片方が目の前までやって来て、オレの頬をつついた。
「……おま、まさか」
マジか?
オレはひらりと舞うように逃げて行ったソイツに向かって言った。
「ソバカスの金魚……か?」

くるくるくるくる。

「……ントかよ」
益々意味が分からねーし。
何で、オレの所に来るんだし?
てか、オマエら死んだんだよな?化けて出たのか?
あぁ、だから水の中じゃなくても平気なのか。
てか、化けて出る先間違ってね?
文句ならソバカスに言うし。
……って。
「バカだろ」
文句な訳無いか。
こんな、ありえんほど華麗に、ありえんほどの美しさで目の前を泳ぐコイツらが、そんな醜い気持ちな訳無いし。
確か三日、って言ってたか。それでも、
「大事にされてたんだし?」
……十分、伝わった。
オレの言葉に、金魚が嬉しそうにくるりと体を捻った。
そして、今までオレの目線で泳いでいたその体が、ふうっと舞い上がった。
見上げると、金魚たちは上を目指して泳ぎ出していた。
「ちょ、待つし」
オレはそれを追ったが。
太陽の光が眩しすぎて、目を開けていられなかった。
眩さに目を細めたオレの前で、二匹は太陽に吸い込まれるようにして、消えた。



目を開けたら、そこはもう青くはなくて。
いつもの部屋の、いつもの天井だった。
3時の鐘の音が耳に入ってきた。
「…んだよ」
夢、か。
オレ、あのまま寝たのか。
パネェ長い夢だったけど、現実にはほんの数十分か。
しかし、ありえんほどヘンな夢だったし。
あ、ヘンな事考えてたからな。ヘンな夢見て当然だし。
「ったく」
オレは笑ってしまった。
「バカだろ、オレ」
感化されすぎじゃねーの?
…だけど……だけど、だ。
……………。
「マジありえんし」
オレは起き上がった。
床に転がっていたお陰で、身体が少しばかり軋んだ。
肩と首を簡単にほぐして、オレはそのまま部屋から出た。


だってよ、マジしょーがねーし。


オレはいつだって、オレに正直だし。


クルクルクルクル



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