彼がヤンヤンを読んだなら……
〜トリチア〜
※この小説に出てくる【ヤンヤン】という雑誌はファッションやコスメの情報、恋愛やHに関するHow to特集。旬の俳優や男性アイドルが表紙と巻頭でヌードを披露するあの雑誌【a◯◯n】をイメージしたパロ物です。本家【a◯◯n】やその出版社とは全く無関係であり、ヌードを披露するアイドル『工藤ジュン』は架空の人物です。完全なるカナコの脳内産物であるということをご理解頂いた上でお読みください。
(あ゙………、しまった。)
そう思った時には、もう遅かった。
「痛っっっっっっっっっったぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「おい吉野っ!!、何だ今の悲鳴は!!大丈夫か!?」
俺の叫び声を聞いて、キッチンで夕飯を作っていた恋人はエプロンを着け菜箸を持ったまま寝室に飛び込んできた。
「と、トリ!!た……助け……いたた………助け…て……」
「おい、吉野………」
「う………動け…、ない…………ふ、太股……足……痙った………」
「「はぁ…………」」
10分後、俺たちは広いキングサイズのベッドの上で溜め息をついていた。
「まったく………、お前というヤツは…………。」
「ゔっ………、ゴメンナサイ。」
自分のアホさ加減とトリに対する申し訳なさから、頭を上げられない。
よくよく考えてみると、何ともシュールな光景だ。
キングサイズのベッドの上。
29歳の男が足を痙って、同じく29の男がソレを治したが為に汗をかいてしまったのだから。
「お前、メシができるまで昼寝するんじゃなかったのか?何をどうしたら足だの太股だのを痙るだなんて事態に発展するんだ………………」
「え゙っと…………それは…………ちょっとエクササイズを………。」
「エクササイズ?どんなのだ?」
「えっ!?えーと…………その…………そうそう!『腕の筋力をつけるエクササイズ』だよ!いやさ、俺の腕にもうチョイ筋力があれば筆の進みが早くなるかなぁ〜なんて……………」
あはは〜と誤魔化し気味に笑う俺に、トリから痛烈なツッコミが。
「腕のエクササイズをするのに、太股だの足だのは痙らん。」
「うっ……………。」
ごもっとも、ご指摘ごもっともだよトリ。
だけどお願いです、ココはどうか騙されてください。
そう心の中で強く念じながら、トリにバレないよう“アレ”をこっそりと枕の下に押し込む。
だけど──────
「吉野、いま枕の下に隠したモノは何だ。」
「ヒッ………えっ、あ、なな何のことだよトリ。俺、別に何も隠してなんか…………」
これでもか!!ってなくらい思いっきりかぶりを振る。
もう、ぶんぶんと。
「…………何か怪しい……。まぁいい、取り敢えず隠したモノを今すぐ出せ。」
「い、嫌だ!!」
「何だ、俺に見られたらまずいモノなのか?」
「そ、そうじゃないけど…………とにかく絶対にダメ!!」
“アレ”だけは、絶対にトリに見られるワケにはいかない。もしも見られたら、俺は確実に死ぬ。男として、恋人として、何がなんでも隠し通さなければならない。
「……………。」
「っ…………。」
長い沈黙。ベッドの上で、しばらくの間睨み合う。正直、息苦しくて堪らない。
けれどその勝負に決着をつけたのは、トリの素早い動きだった。
「えっ、あっ嘘!!やめろトリ!!返して!!」
トリは俺の一瞬の隙をついて、見事に枕の下に手を伸ばした。まさに『隙アリッ!!』といった技。枕の下に隠した“アレ”は、今はトリの手中に収められてしまった。
「……………【ヤンヤン】?」
「…………………。」
それは、3日前に丸川書店から発行された【ヤンヤン】。目玉は最近人気急上昇中の男性アイドル、『工藤ジュン』────────ジュン様のヌードグラビア。その他にもファッションやエンタメ、女の子に人気のショップについてなど様々な特集が組まれ、少女漫画家としては重宝して然るべきな1冊だ。
だけど俺の目的はジュン様のヌードでもなければ、最新のトレンドでもない。俺の本当の目的は………………
「………『大好きなカレとのHのために!!やっておくべきエクササイズ20選☆』」
「〜〜〜〜!!」
先月号のエメラルドの付録であるティンクル型ポストイットを貼ってしまったが故に、直ぐに見つかってしまったあるページ。
トリが読み上げたページは、特集名の通りの内容。大好きなカレとのHのために、女の子がやると効果的なエクササイズが20個紹介されている。
はじめは普通の内容。ウエストを絞るエクササイズに、二の腕の弛みを引き締めるエクササイズ。俺には関係ないけど、胸のサイズを大きくするエクササイズまで紹介されている。
そこまではよかった。
『次回の漫画のネタに〜』とでも言って誤魔化せた。
だけど……………
「……………『カレをイかせる腰づかい』………『騎乗位の正しくキモチイイ動き方』……『正常位から対面座位、バックから背面座位へ〜エロくしなやかな体位の変え方〜』……」
「わーわーっ!!頼むから声に出すなーーーーーーっ!!」
思わず赤マルでチェックをしてしまったコレらのエクササイズ。
1番最悪なパターン、恐れていた事態。『トリに見つかる』というこの状況。
………俺、今なら本気で死ねます。
………実を言うと、最近の自分はヤバすぎると個人的に危機感を感じていた。
付き合い始めて1年以上経つけど、Hのとき俺は未だに“マグロ”状態。それもただのマグロじゃない、もはや“冷凍マグロ”だ。29の男が情けない。
更に追い討ちをかけるのが、普段から引きこもりで全く鍛えていない己の身体。
バックの体勢をとれば腰と背骨が悲鳴を上げ。
最近レパートリーに入った騎乗位も、1回が限界。しかも普通の体位よりもその…………深く繋がるから、翌日の俺の足腰は使い物にならなくなるし。てゆーかそもそも、乗っても動けない。いっつもトリに“動かして”もらってる。
1番受け入れる側の負担が少ない正常位も、股関節の硬さが祟ってトリに『グイッ』と足を開かれると情事にはそぐわない『痛ーっ!!』なんて色気のない奇声をあげてしまったことも何度か。そのたびにどれほどムードが壊してしまったことか。
「吉野お前……………、分かっているとは思うが…………、これは“女性のカラダ”向けのエクササイズだぞ。」
「わ……、わかってるよ!!…………………………だけど!!」
いつも俺だけキモチよくしてもらって、俺だけ満たされて。
だけど俺だってトリのことが大好きだし、いい大人なんだから、もっとこう………お互いに快感を与え合って奪い合うみたいな、そんなHがしたい。トリばかりに負担を強いるのは嫌だ。
でも、自分からそんな『やらしいコト』を誘うだなんて絶対にできない。
そもそも、そんなはしたない願望を抱いてるという事実をトリに知られるのが………………恥ずかしい。
だから、たとえ気休めだとしても『いざ』という時の為にこうして密かに準備をしていたというのに……………………!!
「こういう時くらい空気読めよ馬鹿トリ!!」
力の限りそう叫んで、手近にあった別の雑誌をトリにむかって投げつけた。
恥ずかしい
恥ずかしい
恥ずかしい
あまりの居たたまれなさに、ベッドから飛び降りて逃げ出そうとした。
「ちょっと待てよ。」
「へっ……、うわっ!!」
トリに腕を掴まれ、進行方向とは逆に引っ張られる。
体は平衡感覚を失い、気づいたらベッドの上─────────トリの腕の中だった。
「ちょっ!!トリ───」
「ありがとう、千秋。」
「っ〜〜!!」
耳許に寄せられた唇から発せられる、甘い声。鼓膜まで、侵されているような錯覚に陥る。
「な……何だよ急に。」
「『俺の為に』、頑張ってくれたんだろ?ありがとう。」
「………………………うん。」
ゆっくりと腕を解かれ、目の前にはトリの優しい笑顔。
(………………キス、したいな…………。)
こんなに近くにいて、そう思わないほうが難しい。
俺は少しの勇気と大きな衝動に突き動かされ、少しずつトリに顔を近づけて────
「よし、やるぞ。」
「へっ?」
トリは急にそう言うと再びヤンヤンを手に取り……………こう言った。
「足を痙るというのは、お前のエクササイズのやり方が悪いのだろう。今から俺の言う通りにしろ。」
「えっ、あの……トリ?」
「『@立て膝になり、肩幅まで足を広げましょう。』ほら吉野、早くやれ。」
トリは雑誌のページを開き、書いてある手順を読み上げる。
「トリ、お前一体ナニ考えてんだよ。」
「ナニって、『カレをイかせる腰づかい』『騎乗位の正しくキモチイイ動き方』『正常位から対面座位、バックから背面座位へ〜エロくしなやかな体位の変え方〜』、この3つを習得したいというお前のその心意気を無駄にはできないだろ?俺が手伝ってやる。」
「いやいやいやいやいやいや!!いいです、遠慮します!!」
「遠慮するな。ほら、膝を立てろ。脚を開け。」
「誰がするか!!………てちょっ、ドコ触って……ひゃんっ……や、ヤメ………」
〜END〜