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□ここまでおいで、キスの距離まで。
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バレンタインデー。

女の子が男の子に、チョコレートと共に想いを伝える日。



お菓子業界の陰謀を少しばかり忍ばせながらも、未だに“クリスマス”“誕生日”に並ぶ、恋人たちの3大LOVEイベントのひとつとして君臨し続けている猛者。



男同士の俺たちにはあまり縁のないイベントかと問われれば、意外とそうでもない。


半月くらい前からそわそわして、女の子に混じってデパートの特設コーナーを覗いたり、結局は手作りにしようと一大決心を固めて。


今日は木佐さんの家でお泊まり会。夕食後のデザートに、《KOH♡SHOTA》と大きくチョコペンで書いたハート型の特大チョコレートを渡したら、木佐さんは顔を真っ赤にして俺の頭にゲンコツを落とした。

でもその後、木佐さんは一口ひとくち大事そうにチョコレートを食べてくれた。『チョコ齧る木佐さんも可愛いです』と言ったら、また殴られた。


バレンタインデー。恋人たちの甘い1日。


だけど俺には、イマイチ甘さが足りない。



(木佐さん………、チョコくれないのかな)


洗面台の鏡を見ながら、濡れた髪をタオルで拭く。

時刻は午後11時30分。あと30分でバレンタインデーは終わってしまう。

木佐さんからチョコレートは、まだ貰っていない。


自分から要求するのはおかしいし、そもそもバレンタインデーとは本来女の子の為のイベントだ。男は基本、受け身に徹するべき日なのだ。仕事が忙しい木佐さんが、わざわざ準備するかどうか。


「………ホワイトデーがあるか」


バレンタインのお返しの為に生まれたホワイトデー。男主体のイベントが1ヶ月後にある。木佐さんからのプレゼントはその日を待つか。

バレンタインデーは俺が、ホワイトデーは木佐さんが。たまたまそういう役割分担になっただけかもしれない。


さっきから幾度となくそう自分に言い聞かせる。でも、やっぱり残念に思う自分がいた。














「木佐さーん。お風呂、お借りしましたー」

「えっ、あ………うん。おかえり」


俺より先にお風呂に入った木佐さんは、スウェット姿でソファーにちょこんと座っていた。声をかけた時のちょっと焦った様子が気になったけど、意識はそれよりもリップクリームを塗ったらしい木佐さんのツヤツヤぷるぷるの唇に移っていた。


「ちょっと早いけど、そろそろ寝ましょっか。木佐さん、明日は朝イチで会議があるんでしょ?」

「あっ……う、ん。そう、明日は会議……ある」


「……?」


どうも煮え切らない態度の木佐さん。ウロウロと視線を泳がせて、何かを迷っている様子。


一度、下を向いて考え込む木佐さん。そして、何かを決意したように顔を上げて、こう言った。





「雪名、キスして」

「えっ…!?」


驚く俺を気にかける様子もなく、木佐さんは俺のトレーナーの胸元をキュッと掴み、上目遣いで見つめてきた。

さっきまでの挙動不審がまるで嘘のよう。いま俺の目の前にいるのは、いつもの如く俺を惑わせメロメロにする、エロくて小悪魔な木佐さんだ。



「な、いいだろ?キスしてよ雪名ぁ……」




甘えるように誘ってくる、チョコレートよりも甘い声。

やがて木佐さんは瞳を閉じ、ツヤツヤぷるぷるの唇を薄く開く。

所謂、キス待ち顔。



ヤバイ………木佐さん、可愛過ぎっス。


コレに抗える20代男子が、この世にいるとは思えない。もしいたとしたら、ソイツは健全じゃない。


「あっ……えっと、……失礼します」



何故かお伺いを立てながら、木佐さんの両肩に手を置く。今まで数え切れないくらいたくさんキスした筈なのに、木佐さんの唇に少しずつ自分の唇を近づけるにつれ、どんどん心臓の音が大きくなってゆく。




木佐さんと俺の唇の距離がゼロになろうとした、その瞬間。




(……ん?)


甘ったるい匂いが、俺の鼻腔をくすぐった。

驚いてちょっと木佐さんとの距離が開いてしまった。そうしたら木佐さんはもう待てないとばかりに、自分から唇を塞いできた。


「ンっ……」

「ふ……ァ……ゅ…き…、なぁ…」




積極的に舌を絡めてくる木佐さん。翻弄される俺。吐息が漏れる度に鼻腔を掠める甘い香り。




「は、ぁ……」

「き、さ…さん……。あの……この匂いってもしかして………」

「………わかった?」



悪戯が成功して喜ぶ子供のように、木佐さんはニヤリと笑う。





「このリップクリーム、バレンタイン限定のチョコレートの香りなんだ」


その言葉で瞬時に湧き上がる妄想、男のロマン。

それを言葉にしたのは、木佐さんが先だった。







「俺が、バレンタインのチョコレート…………なんちゃって」

「っ……!」


男のロマンの実現に、感無量で言葉が出ない。それを木佐さんは俺がドン引きしていると勘違いしたようで、ものすごい勢いで言い訳を始めた。



「あっ、イヤその!コレ、バレンタイン特集号での山田先生の没ネタなんだけど!えと………俺はこのネタどうよって言ったんだけど、律っちゃんとか美濃サマはロマンチックで素敵だったのに、ってずーっと嫌味ったらしく言うから…、……だからその……あっ、そうそう!雪名へのチョコレートは、ちゃーんと買ってあるからな!凄いんだぞ、パリの有名なショコラティエがプロデュースしたとかで、一箱5000円もしたんだからな!あと15分しかないけど、ちゃんとバレンタインが終わる前に渡したからな!えっと、買ったチョコは確か鞄の中に………」

「木佐さんっっ!」

「へっ………、ウワッ!」


逃げ出そうとする木佐さんの腕を掴み、再び自分の腕の中に閉じ込める。



「ちょっ………雪名…、離せって……、ちょ…チョコが……」

「チョコなら、もう貰いましたから」

「だから………、あれはただの冗談で……」

「言っときますけど俺、今年はもう木佐さんからのチョコはアレ以外受け取るつもりはありませんから。2こもチョコ貰っちゃったら、ホワイトデーのお返しが大変ですもん」

「〜っ!」



悔しそうな顔で、木佐さんは俺を睨みつける。でも、そんな表情も可愛くて愛しくて仕方が無い。


「木佐さん。チョコレート、ありがとうございます。俺、すっげー嬉しいです。ホワイトデーのお返し、期待しててくださいね」


「………ばか」



木佐さんはそう呟くと、俺の首に腕を回し、ギュッと抱きついてきた。


木佐さん、木佐さん。

可愛いです。

大好きです。

単純だけど純粋な気持ちが、どんどん溢れてくる。






「ねぇ……、木佐さん」

「……なに?」

「俺、木佐さんのチョコレート、もっと欲しいです」

「………胸焼けになるかもよ」

「…望むところです」








〜END〜



→あとがきという名の謝罪





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