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□愛の証に刻を繋ぐ
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※恋に完全に堕ちています。






「お前…………、いい加減出すモン出せよ」

「え……あ、いやその………」














今日は12月24日。クリスマスイヴ。

と、俺の誕生日。



子供の頃から誕生日は、1年間365日のうちの1日にしか過ぎなかった。クリスマスイヴという聖夜も、キリスト教信者ではない俺にとってはただの商業的イベントでしかなかった。ホント、少女漫画編集にあるまじき淡白さだと自分でも思う。

でもそんな誕生日もクリスマスイヴも、昔と違って今の自分にとってはとても大切な日だ。

それはきっと──────いま目の前にいる初恋の人のおかげ。


そんな大切な日を、俺たちも世間の恋人たちと同じように一緒に過ごす。最初はレストランでも予約しようかと思っていたけど、律が俺の家に来たいと言って断ってきた。珍しく素直だなと思ったけど、そんなことを言ったら律の機嫌が悪くなりそうだったから黙っていた。


クリスマスプレゼントは交換。ケーキは美濃の担当作家オススメのパティスリーで。そして料理は、まるで暗黙の了解のように俺の担当になった。律ももう無駄な意地を張らずに、自分の力量を弁えたようだ。その代わり、律はアルコール担当に。実際、ワインだのシャンパンだの飲み切れない量を買ってきた。

食事を済ませて食後のコーヒーも淹れて、ごく自然な流れで1,2回キスもして。あ、そーいやクリスマスプレゼントまだ渡してなかったなと思い出して。寝室に隠しておいたクリスマス仕様のラッピングに包まれたプレゼントを渡した。


「コロン?」

「そ。どっかのブランド物ってワケでもねーしそこまで高価なモンでもないけど…………お前のイメージぴったりだったから、その匂い」



絵梨佳様が次の読み切りで調香師の話描きたいって言ってたな、ついでにクリスマスプレゼントの下見もしとくか。そう思って足を運んだデパート。仕事は先に終わらせようと向かった香り物の専門店。

取り敢えず適当にテスターの香りを嗅いでいた中でたまたま手に取ったコロン。香りを吸い込んだ瞬間、自然と『律にあげよう』と思った。


『その香り、オススメなんですよ〜。コロンは香水よりも香りが軽いから気軽につけれますし、それは男性も女性もつけれるように開発されたものですから、お揃いで購入されるカップルの方も多いんですよ〜』

店員のそんなセールストークに、不覚にも乗せられたしまった面もある。律へのクリスマスプレゼントは、こうして決まった。


「ふわぁ〜………いい匂い。この匂いすごく好きです。ちょっとつけてみても良いですか?」

律は予想以上に喜んでくれて、『キツい香りじゃないから会社でもつけれますね〜』なんて無邪気に言いながら、手首につけた香りを楽しんでいた。


─────自分の選んだ香りを纏っていてほしいという俺のくだらない独占欲に、コイツは気づかないらしい。まぁ、それはそれで都合が良い。

律を信じている。だけど、どこにも飛んでいかないように縛りつけておきたいという感情があるのもまた事実。そんな器の小さい子供染みた俺を知られたくはない。


「なぁ律、俺には?」

「へっ?」

「だから、俺へのプレゼントはねーの?」

───そして冒頭のやり取りに至る。







「お前まさか………プレゼント準備すんの忘れたとか?」

「ッな……‼失礼ですね‼そんなヘマするワケないじゃないですか‼馬鹿にしないで下さい‼」

「だったらグダグダ言ってねーでさっさとプレゼント出せよ」

「うっ………」

ソファーに座る俺の隣に腰掛ける律は、顔を真っ赤にして俯く。その行動に、今よりもまだツン成分の少なかった“織田律”の名残りを感じて、少し笑えた。

多分律は、プレゼントを用意し忘れたワケではない。でもこんなに渋ってるってことは、プレゼントのチョイスをミスったとか。もしくは、また今年もプレゼントはゼリー飲料健康ドリンクその他各種の薬詰め合わせセットとか?イヤそれだったら、何で今更恥ずかしがる。それこそいつも通りのツンツン全開で渡せばいい。でも最近の律は周囲のクリスマスムードに感化されたのか、いつもよりデレ度が高い。それが原因か…………


「ッた………、高野さん‼」

ひとり勝手に思案に暮れてたら、急に律に呼ばれた。




そして────



「………え?」

律の腕が俺の首に回り、ギュッと体を寄せてきた。



「り………、つ?」


柄にもなく、すごく動揺してしまう。まさか、律のほうから抱きしめてくるとは思わなかったから。


「……あ、できた」




少しして、律がそう呟いた。そっと離れてゆく律の体。さっきまで強く感じていた律の体温とコロンの香りが薄れ、何となく寂しい気持ちになった。


………と同時に、首には冷たい感触。


「ぷっ……、プレゼントっ………です」

「あぁ………」



さっきより更に真っ赤になった律の言葉を聞きながら、俺は自分の首元に触れた。

指先に絡まる、細い銀色のチェーン。胸元には、薄く青緑がかった透明の石。



「……この石、水晶か?」

「あ、いえ。アクアマリンです」



綺麗でしょう?そう言って律は、その緑の瞳を細めて微笑んだ。亜麻色の前髪が、それに合わせて少しだけ揺れた。


「探すの苦労したんですからね、ソレ。やっぱりそういうアクセサリーって、女性向けのデザインが多いから。男でもつけれて、尚且つ高野さんが好きそうなデザイン」

「へぇ………」


さっきまであんなに渋ってたクセにいざ渡したら得意げになる律が、無性に愛おしく思えた。それに耐え切れず、律の髪をひと撫でした。


「あ、そうそう。アクアマリンとエメラルドって、もとは同じ緑柱石っていう鉱物なんですって。掘り出した時の鉱物の大きさとかその後の加工方法で名前が変わるらしいんですけど、何だか不思議ですよね。高野さんはエメラルドの編集長だから……どうせアクセサリーを身に付けるなら、って思って……」

「ふぅん……お前って、意外とロマンチストだな」

「………悪かったですね」

「いや、別に。むしろ全然OK」


ちょっと茶化すと、律は不満げな声で拗ねる。やっぱり可愛い。



「てゆーかさ、そこまで俺とエメ編のこと考えてくれたんなら、いっそのことエメラルドくれたらいいのに。やっぱエメラルドみたいなメジャーな宝石って高いのか?それとも男物は無かったとか?」


何気ない質問のつもりだった。だけど律は、俺の言葉に一瞬ピタッと動きが止まった。そしてすぐに、視線だけがウヨウヨと漂って挙動不審になる。





「えー……と、その…それは………」

「………律?」

「あの……その……、笑わない…ですか?」


律のちょっといじらしくも見えるお伺いに、取り敢えず頷いた。



「その………アクアマリンって誕生石なんです………………………3月の」

律は振り絞ったような小さな声でそう言って、羞恥からか完全に下を向いてしまった。


「3月?何で3が………」

“つ”と続けようとしたところで、ふと考える。

3月には何がある?12月生まれの俺に、3月の誕生石を贈る意味は?

そもそも…………律の誕生日はいつだ?




「律…………、お前もしかして───」

「うわぁあぁああぁあぁああぁあぁああ‼‼いいですそれ以上言わなくてっっ‼てゆーか言わないで‼」


俺の言わんとすることが分かった律は、意味もなく俺の胸を殴る。終いには手近にあったクッションまで投げつけてきた。




「分かってますよ、自分でも充分わかってますよ‼高野さんのじゃなくて自分の誕生石のネックレス贈るだなんて独占欲丸出しで重いって‼でも仕方ないじゃないですか‼10年前も今も高野さんの隣に立てるように必死なんですから‼どうしたら高野さんの1番近くに居られるかいつも考えてて……だから…‼」




──だから、自分の刻(とき)を抱いていてほしい。

10年の空白は、大きくて重い。

どんなにお互いを想っていても、愛し合っていても、所詮自分たちは別個の存在。愛ですべてを乗り越えられるワケではないと理解している、賢くて哀しい大人。この関係は外からちょっと力を加えたらすぐにグラグラと揺れて。バランスを取ろうと必死になっている内に、気付いたら相手の手を離してしまっている。そんな感じ。


だから、愛する貴方に自分の“時間”をあげる。誰もが、誰からも奪えない不可侵の領域を敢えて自分から差し出す。ただし、鎖と一緒に。

何かの証が欲しいだけなのかもしれない。お守り代わりのつもりなのかもしれない。絆?安心感?自分がこの人の1番であるという絶対的な確約?名前をつけたらキリがない。

モノに意味はないことは分かっている。縛りつけることが最善の策じゃないことなんて百も承知。でも、何でもいい。何でもいいから目に見える“何か”が欲しいんだ。


だから…………




「あ、の…………高野さん?」

「……ありがと、律。すげー嬉しい」



ネックレスを指に引っ掛け、律に笑ってみせた。


細くて脆い鎖。自分の意志で引き千切ることもできる。引き千切って、自由になって、逃げることだってできる。だけど、俺はそんなことしない。鎖の先に掛けられた錠は、とても堅牢だから。律の時間の結晶は、俺にとっては羽根のように暖かくて心地良い。

だから一生、離れない。



「律……」

「ひゃっ…、…んっ…ぅ……」


律を自分の腕の中に閉じ込めて、深く口づける。絡まる吐息と、終わった後に見上げてきた律の潤んだ瞳にゾクゾクした。





「たか…っ…さ……ん」

「………俺も、今度贈っていいか?12月の誕生石」



抱きしめる腕に力を入れて。己の欲望を優しく囁く。


律から返ってきた答えは………



「俺も………欲しいです、高野さんが」


その言葉と共に、俺の手に律が何かを握らせた。



「え………、コレって…」

「……高野さんが欲しいから…我慢できなくて、一緒に買っちゃいました」



律から渡されたのは、俺の首にあるネックレスと同じデザインのモノ。唯一違うのは、トップの石。目の醒めるようなブルーに、所々黒の亀裂が入っている。アクアマリンのように透き通ってはいなくて、表面は滑らかだ。




「トルコ石………、高野さんの誕生石です。12月の宝石………」


俺の腕からそっとすり抜けて、律は俺の目を見据える。



「………ネックレス、つけて下さい」

「……あぁ」


律からの言葉通りに、手の中にあるチェーンを律の首にかける。律の緑の瞳とターコイズブルーは正直あまり合ってはいなかったけど、そのアンバランスさが逆に美しく見えた。




「……やっぱトルコ石はお前にはゴツ過ぎじゃね?」

「それはこっちのセリフです。高野さんだってそんなキラキラした宝石は似合いません。………でも、このままがいいです」



律はそう言って、胸元の石をギュッと握った。









「…………お誕生日おめでとうございます、政宗さん」

「………ありがと」



律はトルコ石にキスをした。

俺はその律の頭を引き寄せて、額にキスを落とした。



〜END〜
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