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□ファーストキス、覚えてる?
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「いつファーストキスしたか…………………、覚えてる?」

「……………は?」




向かい合って夕飯を食べているとき、吉野が神妙な面持ちで箸を置きこう切り出してきた。


ファースト、キス?なんだソレは。三十路間近の男に馬鹿げたことを…………と鼻で笑うと、『真面目に答えろよっ!!』と吉野は憤慨した。




……というか、恋人の過去の恋愛遍歴をほじくり返そうだなんて野暮なだけなのに。少女漫画家のクセにコイツはその辺りの情緒を全くわかってない。




「なぁ………、いつなんだよ。」


ジッと俺を見つめながら吉野は再度尋ねる。この話題を終わらせる気は更々無いようで、俺が答えるまでどこまでもしつこく喰い付く腹積もりのようだ。






「………幼稚園年長の時、さくらんぼ組のマリちゃんと。」


はぁ……と小さく溜め息を吐く。そして少女漫画のお約束のように、あまりにもありきたりでベタな回答をした。




………本当は、さくらんぼ組のマリちゃんなんかじゃない。俺のファーストキスは中学の時に当時付き合っていた初めての彼女と。吉野への気持ちを抑えきれなくなりそうだった時に告白してきた、隣のクラスのマドンナ的存在だった女の子。

美人で賢くて活発でちょっと気が強くて……………、馬鹿で可愛くておっとりしててどこか放っておけない吉野とはまるで正反対の人だった。

だから………だからこそ、俺は彼女の申し出を受けたのだ。


……と言えば、コイツは少しは妬いてくれるのだろうか。





「へ、へぇ〜……そっかそっか!!」

俺の期待とは裏腹に吉野は嫉妬した様子もなく──────寧ろどこか安堵の表情を見せる。








「……そういうお前はいつなんだ、ファーストキス。」

「ぶはっ!!」


俺の質問返しに吉野は飲んでいた味噌汁を盛大に吹き出した。汚い。


「なっ……何だよ急に!!」

「先に言い出したのはお前だ。俺だけ答えてお前だけ無傷だなんて納得いかない。」

「何に対する納得だよ!!」


『黙秘権を行使するっ!!』と意味の分からない主張でこの話題から逃れようとする吉野。

だが俺が『答えないと明日から2週間メシ抜き。』と宣告すれば、吉野は固まる。そして己の過去と2週間後の未来を天秤にかけた結果……………




「お……、俺なんてお前より早いぞ!!年中の時にチューリップ組のユミコちゃんとなんだからな!!」




何故か威張りくさった態度でそう答えた吉野は、卵焼きに箸をブスッと刺した。


………俺のマリちゃんはもちろん嘘だけど、吉野のユミコちゃんも絶対に嘘だ。だってコイツに初めて彼女ができたのは高校時代だから。


……だけどやはりユミコちゃんに対しての嫉妬の念は拭えない。今度実家に戻ったら幼稚園の卒業アルバムを確認しておこう。

そんな事を考えながら、俺は吉野が『おかわり』と突き出してきた茶碗を受け取った。









































あれから3日後の日曜日。


吉野は昼寝だと言って2時間前から寝室に引きこもっている。俺はその間に吉野家に溜まった洗濯掃除その他諸々の家事を全て終了させた。



「ふぅ……、疲れた。」


洗濯物を畳み終わりソファーに腰掛ける。テレビでも見ようとリモコンを手にした時、ふと鞄の中に入れっぱなしのDVDの存在を思い出した。


木佐の担当作家である山田先生の作品がアニメ化され、そのディレクターズカット版がエメ編メンバー全員に配られたのだ。


鞄からDVDを取り出し、デッキの開閉ボタンを押す。すると中から、おそらく吉野がしまい忘れたのであろうDVDディスクが出てきた。


「………ん?」


白いディスクの表面には黒のマジックで『千秋・芳雪 2歳』と書かれていた。

筆跡からみて、多分これを書いたのは吉野の母親。昔のホームビデオをDVDに焼き直して息子に渡した、ってとこだろう。



「へぇ………、2歳か。」

なんとなく27年前の自分と吉野に会ってみたくて、DVDを入れ替えず再度開閉ボタンを押した。










《はーい…………、今日は芳雪君と芳雪君ママが遊びに来てくれてまーす。》


小声での実況付きでカメラを回しているのは吉野の母親。場所は見慣れた吉野の実家のリビング。


2歳の俺は赤いミニカーをひたすらフローリングの上に滑らせて遊んでいて、2歳の吉野は青色のミニカーを握りしめたままつけっぱなしなっているテレビをジーッと見つめていた。テレビでは、今は母親役をやっているような女優がセーラー服を着ていた。内容は学園ラブコメ系のトレンディードラマのようだ。






《やっぱりまだ小さいので、“2人で一緒に遊ぶ”という協調性は無いようでーす………。》


クスクスという小さな笑いと共に吉野の母親はビデオを回し続ける。






《よぉー……、よシ、ゅきぃ………》





ビデオの中の吉野が隣でミニカーで遊ぶ俺のTシャツを引っ張った。子供らしい舌っ足らずで『よしゆき』とうまく発音できてない。

ミニカーに夢中で最初は吉野の呼び掛けを鬱陶しがってたビデオの中の俺も、やっと顔を上げ吉野と向き合う。


























《ちぅー》






──────チュッ

















「は……………。」


《まぁ!!千秋ったら、芳雪君に何てことしてんの!!》

《ふふふ………………。きっと千秋くん、ドラマの真似っこしてるのよ。千秋くんは案外おませさんねぇー。ほら頼子さん、ビデオ回して回して。》

《あ、そっか。えー………、千秋が芳雪君にチューをしましたー。きっとコレが2人のファーストキスでしょう…………。》






俺のマヌケな声と、ビデオの中の母親たちの呑気な会話が重なる。















吉野が、俺に、キスを、した。








ビデオの中の俺たちは何もなかったかのように一緒にミニカーで遊び始め、その後もホームビデオは続いた。


俺は、ソファーの上で固まったまま。















──吉野が起きてきたら言ってやろう。






俺のファーストキスは幼稚園年長の時じゃない。



2歳の時、“千秋”って名前の子供に奪われた………って。




















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