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□甘やかさないで、お願いだから。
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ドンドンドンッ!!
《木佐さん!!いるのは分かってるんです!!早くココを開けてください!!》
玄関とケータイの電話口から、同じ声で同じ言葉が聞こえる。
「ゆき、な………ケホッ。」
雪名の声を刻むたびに、掠れた喉が痛む。
《ほら木佐さん咳してる!!風邪引いてるのに無茶するから。》
「コホッ………、お前が押し掛けてくるからだろ…………。」
《嫌なら早くチェーン外して下さい。》
「……………ヤダ。」
1週間前から体調が悪かった。まぁ、締め切り明けだったし?寝てれば治るかなとタカをくくっていたら、3日前から本格的に熱が出た。幸い流行りのインフルエンザではなかったし、締め切り明けで仕事も無かったので、高野さんが『いい機会だから有給消化しろ』と休みを与えてくれた。
あぁ……、いくら“童顔”“外見年齢詐称”“顔面詐欺師”“不老不死の魔女の末裔”と様々な称号を得ていても、俺も中身は30のオッサンか。3日間眠り続けてもいっこうに回復する兆しがない。20代の頃は薬飲んで寝れば一発で治ったのに。
問題はそれだけではない。
ただいま俺宅で絶賛開催中のお泊まり会主宰であり恋人の雪名は、課題の製作で忙しかったのだ。
なんでも有名な画家が近々T芸大でセミナーを開いてくれるらしく、そのセミナーに提出する作品を描いているらしい。
そんな大切な時期に風邪なんて移したら、申し開きが立たない。そう考えた俺は、体調の異変に気づいた時点で雪名を家に帰した。もちろん風邪のことは伝えてない。そんなこと伝えようものなら、アイツは課題を放り投げて俺の看病に全身全霊を傾けるだろう。
これは自惚れではなく、確信だ。先月号の木原ナツの連載が、風邪を引いたヒロインをカレシが部活を休んで看病するというストーリーだったのだ。それにいたく感動した雪名は『木佐さん、木佐さんは風邪ひいてませんか!?』と、寧ろ俺が病気になることを望んでいるのだ。いうなれば[看病したくて仕方がない病]だ。そんな状態のアイツに“風邪を引いてる”なんて伝えてみろ、それこそ[水を得た魚]だ。
だから伝えなかったのに、なのに……
「なんでいるんだよ……ケホッ、コホッ。」
《いくら電話してもメールしても木佐さん返事くれないから、外回りに来た横澤さんに聞きました。》
「横澤………ってまさかあの暴れ熊に!!……コホコホッ、ケホッ。」
玄関の外、電話の向こうで『少女漫画コーナー担当の職権濫用です。』と威張る雪名。
《さ、木佐さん。観念してチェーン外して下さい。お粥の材料とか果物とか、身体に良い物たくさん買ってきましたから。》
「ヤダ………。」
《俺に看病されるのが、そんなに嫌ですか?》
雪名の寂しそうな声に、胸が苦しくなる。
違うよ、そうじゃない。
ただ、雪名に迷惑かけたくないだけ。
《…………わかりました。》
「え……、雪名?」
雪名が意外にもあっさりと引き下がった。何かちょっと、ざんねん…………いやいやいやいや!!
「そうそう、今日のところはおとなしく帰──────」
《木佐さんが我が儘言うなら、こっちにだって考えがあります。》
「……へ?」
雪名のどことなく据わった声に、風邪とは違う冷や汗が流れる。
《初めて横澤さんから木佐さんを紹介された時に木佐さんから貰った名刺、今でも大事に財布に仕舞ってあるんです。そこに書いてあるエメラルド編集部の番号に今から電話します。『はじめまして、木佐翔太さんの恋人の雪名皇と申します。実は木佐さんが風邪引いてるのに恋人の俺に全然頼ってくれないんです。これは少女漫画の法則として如何なものでしょうか?』って。》
「ちょ…ケホッ……、雪名!?」
《あぁ、その前にマンションの管理人のところに行かなきゃ。『恋人が風邪引いてるのにチェーンかけて閉じ籠ってるんです。連絡も取れないから、もしかしたら中で倒れてるかも。管理人さん助けて下さい!!』って。だって木佐さんドア開けてくれない…………》
「わかったわかった!!いま開けるから!!」
重い身体を引き摺って玄関まで向かい、チェーンを外す。
扉を開けた向こうには、満面の王子様スマイルでケータイをパチンッと閉じる雪名。
「ほら木佐さん。そんな寒い格好してないで早く中に入って下さい。更に熱が上がっちゃいますよ。」
「………………。」
「39度2分……、これはヤバいッスね。」
「うそ……、朝に測った時は38度台だったのに……コホッ!!」
「あーもー、無理に喋らない。ほら、木佐さんは寝てて下さい。」
雪名に促され、布団に潜る。確かに、朝よりも頭痛は酷いし寒気もする。
「どうせ木佐さんのことだから、風邪引いてるのにご飯はカップ麺とかだったんでしょ?待っててください、お粥作ってきますから………。」
額の髪を掻き分けてくれようとしてるのか、雪名の指が俺に伸びてくる。けど──────
「っ………だ、め。」
「え………?」
「触らない、で…………」
頭から布団を被って、雪名を避ける。
「……お粥、すぐに持ってきますね。」
そう言った雪名の声が、ひどく寂しそうに聞こえた。