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□想いは分かりやす過ぎるカタチで伝わることもある。
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「なんだ………、コレは。」


箱の中に入っていたのは、アルミ箔に包まれた長方形の物体。


いや、物体には違いないが、“物体”と呼べるほどの体積はない。厚さはせいぜい5mm程度だろう。アルミ箔の上から更に巻かれている紙はチョコ色で、金で某有名製菓メーカーのロゴが印刷されている。


そうコレは、360°どこからどう見ても“板チョコ”。


「まさかアイツ、“コレ”が………。」



胸に秘めていた淡い期待が一気に砕かれ、思わず溜め息が零れる。チラッと視線を逸らした先にあるのは、先月号のエメラルド付録であるティンクル型日捲り卓上カレンダー。そのカレンダーには“2”と“1”と“4”が順に並んでいた。



そう、今日は2月14日────────────バレンタインデー。









今日も仕事の後買い物を済ませ、いつもの如く吉野のマンションへ向かった。別にバレンタインを意識したワケではないが、夕食の材料に加え、チョコフォンデュセットなんて物も購入してしまった。本当はちゃんとしたチョコレートを用意しても良かったけど、そもそも男同士でバレンタインも何か可笑しい。だけど、バレンタインデーを恋人と楽しみたいという気持ちもある。

だから、チョコフォンデュくらいのフランクさで丁度良いと思った。




案の定、吉野もチョコフォンデュを喜んでくれた。好物である手羽先の甘辛煮をたらふく食べた後なのに、チョコフォンデュを『これでもか』というほど堪能した。更にその後も、“吉川千春”宛てに届いたファンからのバレンタインチョコにまで手を出す始末。甘い物の食べ過ぎが良くないのは分かっているが、ここまでくるともう注意する気も起きない。



………でも、これでよかった。


甘いチョコレートに瞳を輝かせる吉野は本当に幸せそうで、可愛い。

その幸せの要因に自分が用意したチョコフォンデュも含まれていると思うと、それだけでも充分嬉しい。



───だから、びっくりした。


帰りがけ、吉野が俺に、綺麗にラッピングされた大きな箱を差し出してきた時には。







『ば……、バレンタインのチョコ!!』


吉野の家で、顔を真っ赤に染めた吉野にそう言われたのが30分前。



『家に帰るまで絶対に開けるな!!』

浦島太郎の玉手箱宜しく釘を刺され、吉野宅を半強制的に追い出されたのが24分前。



両手に抱えるのがやっとな程大きい箱。リボンの掛け方などが雑な部分が所々見受けられるが、やはり吉野は少女漫画家。包装紙の色や柄、リボンの素材、メッセージカードのデザインまでもが乙女チックでセンスが良い。



そうか、吉野も吉野なりにバレンタインのことを気に掛けていてくれていたのか。




妙な優越感と高揚が、俺を支配する。アイツの中で俺の立ち位置は、“担当編集”でもなければ“幼馴染み”でもない。確実に、着実に、“恋人”へと変化している。


大きな箱を抱えてニヤつきながら歩く俺を、すれ違う人は皆不審そうに振り返る。事実俺も浮かれている自覚、顔が緩みきっている自覚はあった。今の俺をエメ編のメンバーが目撃したら、きっと唖然とするだろう。木佐あたりは『怪奇現象だ、天変地異だっ!!』と騒ぎ立てるだろう。小野寺に至っては『小野寺家の主治医を紹介しましょうか!?』などと申し出てきそうだが、正直ありがた迷惑だ。





浮かれて何が悪い。

恋人から………吉野からバレンタインのチョコレートを貰えたのだ、浮かれて当然だろう。



箱を開けたい衝動をどうにか抑えて自宅に着いたのが、今から10分前。


吉野から貰った箱をテーブルに置き、まずは深呼吸。まるで神聖なものに触れるかのように、慎重にリボンを解き包装紙を外す。


そして箱の蓋を開けた中には…………………………コンビニでよく見かける長方形のアルミ箔が鎮座していた。










「コレが…………バレンタイン…………」



箱の中の板チョコを眺めながら、思わず溜め息をつく。別に板チョコが不満なワケではないが、こんな気合いの入った箱を渡されると、おのずと中身も期待してしまうではないか。例えば……………………………………手作りチョコとか。

アイツが頑張って作ってくれた手作りなら、たとえどんな失敗作だったとしても完食できる自信がある、少なくとも俺はする。





いや………、そんなことはどうでもいい。

重要なのは、“吉野がチョコをくれた”という事実だ。俺という恋人がいながら柳瀬と2人きりで旅行に行ってしまうような薄情な奴だ。それから考えれば、これは随分な成長ではないか。






「ん………?」



箱から出そうと板チョコに触れると、アルミ箔に妙な凹凸があった。よく見ればアルミ箔の包み方も既製品にしては雑だ。まるで誰かが一度包みを外して、もう一度包み直したかのようだ。




「……………。」



もしコレが不良品だったりしたら、それこそ踏んだり蹴ったりだ。



イライラしながら外側に掛かっているチョコ色の包みを外し、アルミ箔も外した────────







「え………。」



吉野がくれたチョコは、ただの板チョコなどではなかった。





チョコ色のキャンバスは、銀色のアラザンや小さな星のカラースプレー、マーブルチョコで鮮やかに飾られていた。これは最近流行りの『デコチョコ』というやつか。さすが少女漫画家、やはりセンスが良い。


きっとこのデコチョコは、料理が壊滅的にヘタな吉野なりに頑張って考えたモノなのだろう。デコチョコなら包丁や火を使わずに作れる。






そして“コレ”も、吉野なりにバレンタインを演出したのだろう。








「………反則だろ、“コレ”は。」





板チョコの中央、何もデコレーションが施されていないスペースにはピンクのチョコペンで大きなハート。

そのハートの中、白のチョコペンで書かれた小さなメッセージ。



















《すき》
















吉野………………、俺を家に帰らせたのはもしかして作戦か?

もし吉野の家でコレを見たら、嬉しさも恥ずかしさも、誤魔化して全部お前にぶつけてやれるのに。

家で1人でこんなの見せられたら、堪らなくなる。

恋人にこんな可愛いことをされて、悶えない男はいない。






あぁ……お前の作戦勝ち、無自覚の勝利。

俺は降参、完敗だ。













想いを素直に伝えてもらえるのは、嬉しい。


だけど吉野、たまにはオブラートに包むことも覚えてくれ。


俺の身がもたなくなるから。











→あとがきという名の懺悔


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