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□2011年11月11日のアレ
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「……………………………は?」
「何度も言わせるな。今から、ポッキーゲームをやるぞ。」
「……………仰っている意味が到底理解不能なのですが、高野編集長サマ。」
修羅場までまだ余裕がある平日の昼休み。
『武藤先生のコミックスの売り上げについて大切な話があるからついてこい』という高野さんの言葉を信じて2人きりで会議室に入ったのが運のつき。
小野寺律、25歳。
ただいま…………、いや本日もセクハラの被害に遭っています。
「小野寺、今日は西暦何年何月何日だ?」
「……………2011年11月11日……………………ですけど。」
「そうだ、2011年11月11日だ。“1”が4つ並ぶ今日、世間では『ポッキーの日』などと呼ばれている。チョコレートをこよなく愛する女子高生たちは様々な種類のポッキーを買い漁り、学校の昼休みにはみんなでポッキーパーティー。そして恋人たちはポッキーゲームを口実にキスをするという、なんとも画期的な記念日だ。少女漫画の編集者のクセにそんなことも知らなかったのか、小野寺。というワケで、ほらサッサとコッチ側を咥えろ。」
「すみません、言わせてください。11月11日がポッキーの日だというのは、今日初めて知りました。少女漫画編集として不勉強でしたごめんなさい。お菓子とイベントが大好きな女の子たちがポッキーを買って友達と食べ比べをする、というのも理解できます。でも………………………………いつ誰がテメェの恋人になった!!いま咥えてるポッキーもアンタが食え!!新しいパッケージも破くな!!」
咥えたポッキーをぷらぷらと上下させながら赤い箱のパッケージをベリッと開ける男に、精一杯の怒りを込めて怒鳴る。
だけど………………
「ハッ。」
「なっ………、なんですか!!何がおかしいんですか!!」
「お前、そんなにムキになってまでポッキーゲーム拒否るとか、25のクセにどんだけガキなんだよ。今どきポッキーゲームなんて、中学生がクラスでのお楽しみ会の余興でやるくらいの国民的ゲームだぜ?それも、男同士だったり女同士だったりな。」
「えっ…………、そう、なんですか?」
「おう。それにお前、ポッキーゲームでキスをするなんて、今じゃもう都市伝説並みのネタだぞ。」
「へぇ………………」
「なんだ?お前、中坊のガキが余裕でできることが恥ずかしいのか?都市伝説に屈するとは………………情けねぇヤツ。」
「はぁ!?ふざけんな!!誰が“情けねぇヤツ”なんですか!!……いいでしょう、やりますよ。ポッキーゲームだろうが何だろうがやってやりますよ!!」
「やっとソノ気になったか。よし、じゃあお前はコッチ側を咥えろ。」
「わかりました。もし俺が勝ったら、今後このようなセクハラは断固として止めていただきますからね!!」
「さぁ?それはどうかな?つか、お前がこの俺に勝とうなんざ100年早いんだよ。」
「っ〜〜〜!!絶対に負かしてやる!!」
キッと高野さんを睨み付け、既に彼が咥えているポッキーの反対側を口に含んだ。
「いいか……先に“パキンッ”と折ってしまったほうが負けだからな。」
「わかってますよ……………………」
「それじゃ、いくぞ………………よぉい…………スタート!!」
かくして、俺と高野さんの『ポッキーゲーム』という名の闘いが火蓋を切った────────、筈だった。
「ンーーーー!!んンーーーーっ!!」
何故だ。
何故俺は今、酸素不足でこんなにも苦しいのだ。
俺は今、高野さんを負かす為にポッキーのプレッツェル部分をかじっている筈なのに。
…………答えは、実に単純で簡単。
「〜〜〜プハッ!!あああああアンタ!!ななな何キスしてんだ!!ポッキーゲームはどうした!!言い出しっぺが試合放棄すんな!!」
高野さんの『スタート』の合図でポッキーゲームは始まったかと思ったらなんとこの男、ルール通りにポッキーをかじり進めず真ん中で“バキンッ”と折ったかと思えば、そのまま間髪入れずに俺の唇を塞いできたのだ!!
「お前はアホか。この俺様がそんなポッキーをちまちまかじって最後に『ぷちゅっ』なんて幼稚なキスをするなんて思ったのか?キスっていうのはだなぁ…………相手の唇をいかに素早く仕留めて、いかに濃厚に舌を絡ませるか。この2つがポイントだろーが。」
「知るかそんなもの!!」
怒り狂う俺とは対照的に、目の前の男は呑気に残りのポッキーをぽりぽりと食している。
「それとも何だ?お前は『ぷちゅっ』っていう可愛らしいキスがご所望なのか?仕方ないな、お前がそこまで言うなら……………。」
「はあ!?ふざけんな!!誰がそんなこと………………ってわわーーーー!!来んな!!寄るな!!俺に近づくなーーーーーーー!!」
2011年11月11日。
この甘いお菓子の記念日は、俺の脳裏に最悪な記憶として刻まれることとなる。
→あとがきという名の土下座