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□翔ちゃんの、律っちゃん小悪魔改造計画A
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◯月×日 △曜日
天気晴れ 平均気温23℃ 降水確率10%
午後3時28分
丸川書店4階 給湯室
「木佐さん!!どうか………どうかこのとおり!!」
「え、えーと…………」
「もう俺………、木佐さんに頼るしかないんです!!」
「り、律っちゃ〜ん……………。」
木佐翔太 30歳
丸川書店エメラルド編集部勤務
属性 : ホモ・メンクイ・童顔
そんな俺はただいま、後輩である小野寺律───律っちゃんに、何故かものすごく頭を下げられておりました。
彼が語った経緯はこうだ。
先日俺が講師を務めて開催された
【高野さんを振り回せ!!律っちゃんを小悪魔にしちゃおう☆講座】
彼はその成果を、高野さんにご披露したらしい。
しかし、結果は惨敗。
いや、実際は俺の思惑通り“小悪魔路線”ではなく“あどけなさアピール路線”で見事成功を納めているのだが。
とにかく、せっかく頑張って習得した小悪魔テクを100%出しきれなくてとても悔しかったらしい。律っちゃん、負けず嫌いだからね。
『俺が何をしても高野さんは余裕顔で飄々としてて………………。俺は木佐さんにお手本見せられただけであんなにドキドキしたのに…………。』
きっと自分には小悪魔な魅力が無いんだ、技術不足なんだ。
そう言って涙目になる律っちゃんを見て、不覚にもキュンッときてしまったのは秘密。
いや律っちゃん、大丈夫だよ。高野さん、かなり喜んでたよ。律っちゃんに小悪魔は似合わないよ。ずっと永遠のツンデレ担当でいてくれることが、高野さんをはじめとする人類皆共通の願いだよ。
本当はそう言ってあげたかった。でも、目がマジな本人を目の前にしてそんな事はとても言えない。
要するに、また小悪魔講座を開いてほしいってコトなんでしょ?うん、講座くらいならいくらでも開いてあげるよ。開いてあげたいよ。あげたい、んだけど…………
「律っちゃん…………ゴメン。あの講座はもうちょっと無理…………、かな。」
「な、何ですか!?」
漫画だったら『ガーンッ』と擬音文字が入りそうなくらいショックを受ける律っちゃん。
だいたい理由は察してほしい。
小悪魔講座の最終段階、とっておきの“あの技”を君に伝授しようとしたら……………………………入ってきちゃったでしょ、キラキラした人が。
俺、あの後イロイロ大変だったのよ。
現代の若者のパワーを身をもって思い知らされた、ってゆーか。
21歳と30歳の体力の差を体感させられた、ってゆーか。
『俺を嫉妬させないでください』と言うアイツの囁きに、身体の全細胞をぐずぐずに溶かされてしまった己の美形に対する神経の脆さ弱さを実感した、ってゆーか……………。
てゆーか、君も君で大変だったじゃん!!酷い目にあったじゃん!!半休とったのはどこのどなたよ!!
「ど……、どうしてもダメですか?」
「うん、ダメだね。」
「こんなにお願いしても?」
「うん、ゴメンね。」
それにね、律っちゃん。
実は俺、あの時律っちゃんが俺を置いて
1人逃げたことを未だに根に持ってますから。
そう易々と赤の他人にお情けをかけるほど、俺はできた人間ではない。
「そうですか………、仕方ないですね。」
律っちゃんは肩を落としながら、そうポツリと呟く。
「うん、助けてあげたいのはやまやまなんだけど────」
「もし引き受けてくださったら、お礼にコレを渡そうと思ったのに………………」
「えっ?」
俺の言葉を遮って律っちゃんが取り出したのは……………、1枚のチケット。
「律っちゃん、コレ何のチケット?」
「帝都ホテルの最上階、デラックスロイヤルスイートルームのペア宿泊券です。父が帝都ホテルの社長と知り合いで、その関係で貰ったらしいです。」
…………………ん?
律っちゃん、今……なんつった?
て………帝都ホテルの………
「デラックスロイヤルスイートぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
給湯室に響き渡る、俺の絶叫。
帝都ホテルのデラックスロイヤルスイートって、超高いんだよな!?何てったって、帝都ホテルで1番高い部屋なんだからな!?
俺の給料1ヵ月分なんて塵のように一瞬でぶっ飛んで、3ヵ月分出してやっと雀の涙のおこぼれ程度のお釣りが出るってくらい高いんだよな!?
「このチケット1枚あれば2名まで宿泊可能。食事等のルームサービスも全てタダ。最上階だからこそ味わえる360°パノラマ夜景独り占め。豪華で洗練された空間で恋人と2人きり、甘い時間を過ごせます。尚、ただいま期間限定のサービスでチェックインの前にフロントに申し出れば、洋室から帝都ホテルの敷地内にある和室の離れ一棟貸しにも変更可能。都会の喧騒から隔離されたような静かな和の空間。部屋に備え付けられた露天風呂。2人の絆が更に深まること間違いなし。」
律っちゃんの口からつらつら淡々と述べられる、誘惑の言葉。てか君、今どこで息継ぎした?
ホテルのスイートで、雪名と2人きり………………………………何その人生の盆暮れ正月いっぺんにやって来たみたいな夢のシチュエーション。
パノラマ夜景独り占めに……………………………露天風呂。
どっちもおいしい、おいし過ぎる。
「え、もし引き受けたら………ソレくれるの?」
「はい、木佐さんと木佐さんの恋人さんの仲が深まるなら……と思いまして。」
そう言って目の前で柔和に微笑むのは、可愛い後輩律っちゃん。
でも、何故だろう…………その笑みが悪魔の微笑みに見えるのは。
「………………ねぇ、律っちゃん。1個聞きたいんだけど……………チケット出してからココまでの一連の流れって、律っちゃんが1人で考えたの?」
「いえ、美濃さんに手伝って頂きました。『木佐は一筋縄ではいかないから作戦たてたほうがいいよ』って。ちなみに『パノラマ夜景独り占め』云々とか『都会の喧騒から隔離された離れの和室』云々は、全部美濃さんが原稿を考えてくださいました。」
「はぁ!?」
え、何?美濃サマ?美濃サマが1枚噛んでんの?
あの息継ぎ無しの恐ろしき魅惑の文章、美濃サマ作なの!?
何ソレ超怖い。逃げ道ナシじゃん。てか、逃がす気0じゃん。
「で、木佐さん?どうなさいますか?」
「う………。」
高野さん…………俺の読み、ハズレみたいだよ。
律っちゃんって…………、本質はスッゲー小悪魔みたいだよ。
大魔王美濃サマを味方につけた時点で、とんだ策士家だよこの子。
《帝都ホテルのデラックスロイヤルスイート×美濃サマの御言葉》だなんて最強のコンボ技繰り出されたら………………、答えなんて聞かなくてもわかっちゃうじゃん。
「………わかった。やるよ、やりゃいいんでしょ?」
「えっ、引き受けてくださるんですか!?ありがとうございます!!」
律っちゃんはそう言って、嬉しそうに俺の手をギューッと握ってきた。
「よろしくお願いしますね、翔太先生!!」
「ハハ…………、アハハ………」
木佐翔太 30歳。
雪名と付き合いだす前の暗黒時代もそうですが、つくづく自分は甘い誘惑に弱い人間だと思い知らされました。