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□羽鳥芳雪副編集長様の幸福な憂鬱
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※『吉川千春大先生様の不可解な行動』の続編です。先にそちらを読んでからこちらをお読みになることをオススメします。







「よっ、羽鳥。」

「あぁ高野さん、お疲れ様です。」


吉野さんを見送った後に立ち寄った休憩所で、我らが副編集長様であり、『吉野さん小鹿化』の原因でもある羽鳥芳雪が缶コーヒーを飲んでいた。


「高野さんも何か飲まれますか?」

「いや、大丈夫。さっき吉野さんとの打ち合わせで飲んだから。」

「…………そうですか。」


………うん、わかりやすい。

コイツ、吉野さんのことになると慌てふためきはしないものの、小野寺と同格でわかりやすいな。

普段は無表情でなに考えてんのかさっぱりなのに。



「………吉野さん、大丈夫なのか?」

「えっ?」

「いや、さっきの打ち合わせの時、すっげーダルそうだったからさ。風邪でもひいたのか?」

「風邪…まさかそんな…………。アイツ、どんな様子でしたか?咳とかしてましたか?」



俺が吹いた法螺(ホラ)にまんまと引っ掛かる羽鳥。

恋人のことがそんなに心配か?羽鳥お母さん。

『ダルい』って、そーゆー意味じゃないんだよなー。

その右手に準備しているケータイも、吉野さんにかけたって意味ないぞ。

かけたところで、『高野さんの前で恥かいちゃったじゃねーか、トリの馬鹿!!』とか何とか言われるのがオチだ。


「いや。咳もしてなかったし、顔も赤くはなかったぞ。」

『別の意味で真っ赤だったけどな』というのは言わないでおく。だってそのほうが面白いだろ?


「そう…、ですか。よかった…………」


俺の言葉に、安心したように表情を緩める羽鳥。

………お前、その顔を他の女子社員や漫画家に見せるなよ。お前のファン、更に増えちまうから。


「だけど吉野さん、腰も痛めたらしいぞ。」

「えっ…………。」


羽鳥の動きが一瞬静止する。

いま、絶対に内心焦ってるな。


「本人は変な体勢で寝たからって言ってたな…………。あ、そーいやお前、昨日は吉野さんの家に泊まったのか?」

「………………何故、泊まったと思うんですか?」

「ん?だってお前のスーツ、昨日と一緒だし。ドラマ化企画の打ち合わせ、そんなに難航したのか?」


「………………。」


黙り込む羽鳥。ちょいとイジり過ぎたかな?


ホントはもうちょっとこのネタで楽しみたかったけど、………そろそろ終わりにしてやるか。


俺はそう決めると、最後のシメに取り掛かる。


羽鳥の背後に回り、Yシャツの襟をグイッとずらした。

あまりにもカッチリとスーツを着ているのがうざったくて、前に手を回して手探りでネクタイを緩め、ボタンもひとつ外す。


おそらく羽鳥の首まわりに存在するであろう、“アレ”を探して。


「ちょっ……、高野さん!!何するんですか
!!」


「おいっ、動くなよ。」


「動くなって……、とにかく離して───」

「………あ、はっけーん。」



─────────そして“ソレ”は、案外早く見つかった。




「………うわー、けっこう豪快だな。」

「………高野さん、勘弁してください。」


最初は抵抗した羽鳥だったが、“ソレ”が見つかったと悟ると、おとなしく観念した。


───羽鳥の首や耳の後ろには、可愛らしい爪痕や大きな引っ掻き傷など、濃密な時間を生々しく主張するモノがたくさん散らばっていた。


「……………おい羽鳥。どーしたんだ?この傷は。」

「…………少女漫画的に言えば、『飼っている猫にやられました』。」


「………吉野さんは猫よりも、どちらかと言えば『ワンちゃん』のほうが似合わないか?柴犬とか。」

「………確かに。」


はぁ……と溜め息を溢す羽鳥に、更なる追い討ち。


「そーいや、女子社員たちが騒いでたぞ。『羽鳥さん、スーツが昨日と一緒だ〜、カノジョの家でヤりまくってから出勤だ〜、きゃーっ!!』って。」


「………………仕方ないでしょう。目が醒めたらもう始業時間30分前だったんですから。」

「ほうほう、お盛んなことで。」

「高野さん………………。」


怨みの視線で俺を睨み付ける副編集長様に一言。




「でも、幸せなんだろ?今。」



「………ええ。」


困ったように笑った羽鳥は、本当に幸せそうで。


いいじゃねーか、幸せで。

だったらスーツや傷くらい、いちいち気にすんな。

名誉の負傷と思え。


それにしても、吉野さんも羽鳥もこのカップルは揃いも揃って…………


あー、面白かった。









「それより高野さん………、予備のネクタイ持ってたら貸してくれませんか?」

「えー、やだね。今のほうが面白いじゃん、予備のネクタイは持ってるけど。」

「高野さん!!」


「まぁまぁ、そう怒るなよ。せいぜい今日1日、女子社員の餌食になりなさい。」


〜END〜





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