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□分からないだろ、俺の苦悩。
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「おい羽鳥、マジで行かねーの?温泉。」
「あぁ、怪我の傷がまだ痛むからやめとくよ。」
「それってこの前の体育祭のリレーの時にやったやつだろ?お前けっこう豪快に転んだからな。」
肩にタオルをかけた同室の2人は、口々に俺を哀れむ言葉をかけてくる。
高校生活最大のイベントと言っても過言ではない修学旅行。
その目玉の1つである温泉に入るのを、俺は怪我を理由に拒んでいた。
…………本当は、怪我は既に完治しているのだけれど。
「山本〜、倉田〜。何してんだよ、早く行こーぜ!!」
廊下から能天気な声が聞こえた。
部屋の外からひょこっと顔を出したのは、幼馴染みの吉野千秋。
よっぽど温泉が楽しみなのか、俺と話している倉田と山本を待たずにさっきから廊下をウロウロしている。
「吉野さ〜、ちょっとは空気読めよ。ここはお前も一緒に『羽鳥ドンマイ』って雰囲気を醸し出すとこだろ?」
「そーそ。てゆーか、高校生男子が今更温泉ごときではしゃぐなよ、ガキかお前は。」
「うっ、うっせーな!!いいじゃん、楽しみなんだから!!」
友人にからかわれ、吉野は膨れっ面になる。
「落ち着け吉野、山本たちも煽るな。ほら、早く行ってこい。俺たちのクラスの入浴時間終わってしまうぞ。」
無駄な言い争いを始めた3人に、俺は腕時計を見せる。
混雑を避けるためにクラスごとに区切られた入浴時間は、あと20分程で終わってしまう。
「うっそマジ!?早く行こーぜ。」
「滝湯入る時間あるかな?じゃあ羽鳥、留守番よろしくな!!」
山本と倉田は慌てて部屋を出ていった。
続いて吉野も部屋を出ていこうとするけど、クルリとこちらを向いた。
「………怪我、本当に大丈夫?あ、帰りに何か飲み物買ってきてやるからな!」
そう言って微笑むと、吉野も走りながら部屋を出ていった。
「…………だから、怪我は治ったって。」
1人きりになった部屋で、俺は溜め息をついた。
頭の中はぐるぐるぐるぐると…………、吉野のことばかり。
先日の体育祭でのリレーで恥ずかしくも転んでしまい、右足に大きな傷ができてしまった。消毒はもちろん、お湯に入るときもかなり滲みた。
だけどその転んだ原因は、トラックの外で必死に応援してくれていた吉野に気をとられてしまったからだし、今だって温泉に行くのを拒むのも…………吉野が原因だ。
思い出すのは、中学2年の時に行った野外学習。
狭い浴場で同じクラスの野郎達と汗を流していた時。
『トリ〜!!悪いけどシャンプー貸して。忘れてきちゃった。』
これはあくまで予想だが、女子はたとえ同性の友達同士だったとしても浴場ではタオルなどで前を隠すだろう。
だけど男子にはそんな概念はない、せいぜい腰にタオルを巻く程度。
だが吉野は、腰にタオルすら巻かずに俺の前に現れた。
濡れた髪、上気してほんのり紅く染まった頬、華奢な肩、キメ細やかな白い肌、スラッと伸びた手足、細い腰、小さな尻にあられもない下半身。
無防備にさらけ出された吉野の───好きなヤツの肢体は、あまりにも刺激が強すぎて………………
「……トリ?なんか、顔赤いけど……………のぼせた?」
「……っ、大丈夫…だ。」
【そういう年頃】である俺の身体は………………、いとも簡単に【反応】してしまった。
それ以来俺は、吉野の裸を目にする機会を極力避けている。
中学3年の時の修学旅行は、旅館に着いてすぐに『急に体調が悪くなった』と言い訳して浴場には行かず、夏休みにプールに誘われれば『宿題が残っている』と言って断った。
高校入学直後のオリエンテーション合宿の時も、『風呂、一緒に行こーぜ!!』と言ってきた吉野に『学級委員の仕事があるから』と嘘をついた。
本当は『俺以外のヤツに裸を見せるな』と言いたいところだが、如何せんそんな事を実際に言ったらこの気持ちに気づかれてしまう。
分かっているのか、吉野。
いや、男なら分かってほしい。
好きな人に目の前で裸になられた時の、この青い欲と煩悩を…………………