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□同期はつらいよ
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「……なんだよお前、その『はぁ……』ってマヌケな反応はよぉ〜………こちとら真剣なんだよぉ〜……」
私の気の無い反応がよっぽど癪に障ったのか、井坂君がこちらを睨みつけてくる。ただその目はアルコールで真っ赤に潤んでいて、ぶっちゃけ威力ゼロ。まったくもって怖くない。
いやいやいや、これ以上どんなリアクションをしろと。確かに恋バナは女子の大好物だし私も生物学的分類は女だから例外ではないけどさ、30過ぎるとすぐ胃もたれしちゃうから最近は自主的に控えてんのよ。
……てゆーかさ、三十路エリート男子の恋バナの内容が《好きなら態度で示してほしい!!》って。
もはや少女漫画の鉄板ネタパターンだろソレ!!ツンデレ彼氏の態度にムダに不安になってる女子高生かよ!!お前の属性はエリート御曹司だろが!!自分のキャラ設定よく考えろや!!
「ほんとさァ〜………ヒック、イミわかんねぇよぉ〜………」
あ、心の中でツッコミ入れてる間にまたうじうじモードに戻った。箸で唐揚げツンツンし始めた。
「はいはいイミわかんないですねぇーっ世の中は不可解な謎ばかりですねぇーっだから小学生も名探偵として駆り出されちゃうんですかねぇーっ労働基準法的にどうなんですかねぇーっ、アレは」
グダグダの専務サマのは適当にあしらって、私はテーブルの隅にある店員呼び出しボタンを押した。
あぁ、個室に案内してもらえて本当によかった。一流企業丸川書店跡取り息子のこんな酔っ払ってへなへなダラダラした姿、よそ様にはとてもじゃないけど見せられない。丸川書店の信頼と未来に関わる。もし『だらしない後継者で先行き不安』なんて噂が立って株価が下落しちゃったりしたら、それはイコール私たちのお給料に直結するもの。
「お待たせ致しましたー、ご注文をどうぞー」
呼び出しボタンを押してから間を置かずに、甚平風の制服を着た可愛い女の子の店員がそっと襖を開けた。
「えーっと、取り敢えず枝豆2人前とささみのシソ明太子焼き。あとはチーズ春巻きとフライドポテトとぉー……あっ、この《居酒屋火与胡―hiyoko―イチオシ☆手作り寄せ豆腐の冷奴》もください。あとは…………………」
「ビール!!ビールびーるビール!!大ジョッキ!!」
「うっさい自重しろや酔っ払いっっ!!貴様はウーロン茶じゃ!!」
座敷の上座でぎゃんぎゃん騒ぐ同期に一喝した。
ら、この上司は初っ端(しょっぱな)から伝家の宝刀を振りかざしてきた。
「おまえ〜………オレ様にそんな態度とっていいのかよぉ〜………ヒック、冬のボーナスへらすぞ!!」
「ギャーーーーーーーーッ横暴最低!!暴君してんじゃねーぞ御曹司!!!!!!」
「あのぉ〜……お客様、結局ビールはどうすれば………」
「持ってきてください今すぐ!!私のボーナスかかってるんで!!」
……………あーあ。
店員の女の子ビビらせちゃったよ。30過ぎたオトナたちが一体何やってんだか。
注文を取った店員さんが出て行った後、そんな反省を胸に刻む。
「…………で?何で『イミわかんねぇ』って結論に達するに至ったの?」
“乗りかかった船”と言えば聞こえはいいが、これはそう見せかけたヤケである。お酒でほろ酔いになってるというのも要因にあるかもしれない。久しぶりに他人の恋バナにガッツリ出しゃばるのもいいかもしれない……なーんて思ってしまった。ここまできたら、井坂君の“愚痴系恋バナ”にちゃんと耳を傾けてやろうではないか。
「…ヒック………だってさ、ほんとにオレのことが好きならさ、………何で会社で必要以上に話してくれないワケ!?しかも2人きりになった時にチョットでも触るとすぐ怒るし!!アイツは『会社では節度を保って』とかゆーけどさー…ヒック…………んなこと言ったらいろんな場所でしょっちゅうイチャイチャしてる七光りとかどーなるのさ!!あと内線で晩メシの相談してるあの熊も!!あれは一体どーなのよ!!節度保ってんのか!?ァア!?あれこそ何か“オフィスラヴ”っぽくてよくね!?」
井坂専務サマ、ご乱心。
丁度さっき追加注文したメニューが運ばれてきたけど、店員さんに彼のこの姿を見せるのは、ツレとして無性に恥ずかしい。だから襖の外に持ってきてもらったメニューは置いといてもらって、自分でテーブルに並べる。
「はぁ…………、オフィスラヴ…………」
「もしかして井坂君ってさぁー…………、会議室Hとかに憧れちゃうタイプ?」
私の何気ない発言に、フライドポテトが盛られたお皿に手を伸ばしていた井坂君が静止した。ピタッと。
あ、失敗した。いくら無礼講といえど相手は上司で会社の幹部だ。“会議室H”なんて節操なさすぎだし、失礼だ。しかも私は一応女で、井坂君も一応男だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「………井坂君ゴメン。今の発言ナシ、取り消し。三十路女の発言としてあまりにも品がなさ過ぎました反省してます。だからお願いだから沈黙しないで気まずいから」
平謝りしながら、せめてものお詫びとしてチーズ春巻きをお皿に取り分けてあげる。
だけど………………………
「……会議室Hなんてさぁー……、そんなの夢のまたユメだよ…………」
憧れてたんかーーーーーーーーーーーーーーーーーいっっ!!!!!!!!
びっくりだよ、オネーサンびっくりだよ!!
びっくりし過ぎてささみ落としちゃったよ!!
えっ、待ってよ井坂君。“会議室H”がいかに現実的じゃないかって、10年も社会人してればイヤでも認識するでしょ。確かに私も学生の頃は背徳の香りがしてスリリングだろうなぁ〜……とか想像してたけどさ、あれはあくまで漫画やドラマでの演出だって入社2ヶ月で悟ったよ。