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□近づいて。触れて。そしたらもう…
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『…ッ………申し訳ございません龍一郎様、もう…限界です。』



朝比奈がそう言って寝室に引き上げたのは、今から30分前。




昨夜会社で俺の預かり知らんところでトラブルが起き、朝比奈がそれを徹夜で処理したのは知っていた。



だけど今日は久々の休日。元々会う約束をしてたから、朝から朝比奈の家に押し掛けた。



たった1日の徹夜だったというのに、いつもはピシッとキマっている朝比奈はフラフラでボロボロだった。その姿はまるで周期明けのエメ編や締め切り間近の秋彦みたいで、正直びっくりした。それだけトラブル処理に体力や神経を消耗したのだろう。




だけどここで駄目な俺様の登場。






疲れている朝比奈を思いやって帰る、という選択肢を取らずにズカズカと家に上がり込み、いつものように入り浸る。














──だって、一緒に居たかったから。


特に何をするというワケではなくて、ただ一緒に居たかっただけ。



2人で並んで座っていたら、朝比奈が睡魔に勝てなくて俺の肩に凭れかかってきたりもした。

そのたびに朝比奈はハッと意識を取り戻して、上体を起こす。そしてまた体は傾く。その繰り返し。



それだけ朝比奈は疲れているという事で、本当ならばちゃんとベッドで休ませてやるのが恋人として正しい行動で。



だけど俺は最低で。そんな滅多に見られない朝比奈を見ることが楽しくて仕方なかった。










………違う。

本当は朝比奈に放っておかれるのが寂しくて嫌で。

だけど心の何処かで、朝比奈はどんな状況でも自分を優先にしてくれる………という傲慢な自信があって。









『申し訳ございません。』




最後の最後まで朝比奈に気を遣わせてしまう自分が、酷く情けなかった。


……“恋人”って、こんなモノだっけ?




































─────なんて反省してても、衝動には抗えない。


“1時間だけ寝かせてほしい”と朝比奈は言ったのに俺は30分しか我慢できなくて、こうして朝比奈の寝室に忍び込んでしまった。


俺の侵入にも気づかず、朝比奈はベッドの上で深い眠りに堕ちている。


目の下に隈はあるけど……こうして改めて見ると綺麗な顔してるよなぁ……、なんて考えてしまう。







「……あ、さひッ…な。」














……本能だった、無意識だった。



気づいたら俺の身体はベッドの上─────────、朝比奈の隣だった。




「ぁ………」






馬鹿、何やってんだ俺。


頭はそう自分を罵るのに、身体が言うことを聞かない。



朝比奈の体温を感じたくて身体を寄せて、額を押し当てた胸からは朝比奈の心臓の音が聞こえる。


…あぁ俺、朝比奈に飢えてたんだ。朝比奈に触りたかったんだ。





今更だけど、そう思った。


















「……ンッ、…………。」

「ぇ……?」


小さな呻き声の後、朝比奈の体が少し動いた。



ヤバイ、もしかして起きた?



起こしてしまった事に対する申し訳なさは勿論あるけど、それより何より問題なのは今の俺の体勢。


大の男がベッドに潜り込む、こんな滑稽な姿が他にあるだろうか。それに、もう今更逃げ道はない。






(えっと、取り敢えず………、寝たフリ!!)






ギュッと固く目を閉じ、息を潜める。



「……、……龍一郎様?」






朝比奈は目を醒ましたようで、少し寝惚けたような声で俺の名前を呼ぶ。






「(……ッ…、ちょ………。)」


朝比奈は俺を起こそうとはせず、俺の前髪を指先で遊ばせる。






────本当に、馬鹿みたいだ。



10年も付き合ってるのに。

キスもセックスも数えきれないくらいしてるのに。




たったそれだけの事で。

朝比奈が近くにいるだけで。



あり得ないくらい戸惑っている自分がいる。









「……龍一郎様。」

「………。」

「龍一郎様、本当に寝てるのですか?」

「……………。」




………もしかして、寝たフリがバレた!?



そんな嫌な予感に、背筋に冷たい汗が流れる。






「………龍一郎様。」

「(ぇ………、ぅあっ……!!)」





額に触れた柔らかい感触に、思わず叫びそうになったのをなんとか抑えた。



目を閉じてるから分かんないけど、いま多分…………絶対、キスされた。




「龍一郎様…………。」


その後も続く、朝比奈からのキス。



髪、額、瞼、頬………



まるで中学生のキスに、馬鹿みたいにドキドキして。

寝たフリするのも一苦労。



………だけど、期待してしまう。






(…はやく………唇…、……。)






頬や瞼にばかり繰り返されるキスに、もどかしさは募るばかり。

理性も羞恥もプライドも全部どこかに飛んじゃって、残るのは欲求だけ。







触れてほしい。

触れて、触れて。朝比奈の1番近くに居るのは俺だと、朝比奈が1番好きなのは俺だと、証明してほしい。






「フゥ………。」







そんな俺の願いも虚しく、朝比奈はキスを止めてしまった。


「(なんで………)」




焦り。不安。苛立ち。寂しさ。

据え膳喰わない朝比奈にはムカつくし。

朝比奈が触れてくれない事に、馬鹿みたいに落ち込んだりする自分がいる。




















「……おやすみなさい、龍一郎様。」

「(え…………。)」



ちゃんと肩まで布団をかけられ、そっと抱き寄せられる。

さっきよりももっとギュッと密着して、朝比奈の腕に閉じ込められてしまった。


「(ぅわぁ…………!!)」


今度こそ、本当に退路を絶たれてしまった。


当の朝比奈は俺のつむじ辺りに顔を埋めたまま、また直ぐに寝息を立て始めた。








…………よっぽど眠いんだ。

少しだけ目を開けて、朝比奈の顔をチラッと確認する。切れ長の目は、もう睫毛に隠れている。

何だか起こすのも可哀想で、たまには大人しくされるがままでいるのも悪くないかな…………なんて、思って。


俺も静かに目を閉じた──────














































「………好きですよ。」









「──………ぇッ、………!!」









静かに響いた愛の言葉は単なる寝言か。それとも睦言か。

















→あとがきという名の懺悔









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