main
□初心、忘るべからず
2ページ/6ページ
『……また親父?』と俺が聞けば、朝比奈は『はい』と何の悪びれた様子もなく答えた。
こういう時、本気で思う。
朝比奈にとって、俺は親父よりも下なんじゃないか、って。
『親父の秘書でもないお前が、何で親父に付き従う必要があるんだよ!!』
言い換えると『仕事と私、どっちが大切なの!!』という男が女から言われると1番メンドーな台詞に匹敵する質問を朝比奈にぶつける。
そうしたら朝比奈は、真面目な顔で答えた。
『私が旦那様に対してできる、唯一の罪滅ぼしです。』
そんな言葉を聞いたら、俺はもう何も言えない。
会社をいつかは俺に譲って、ゆくゆくは俺の子供にも継がせたいと考えている親父。
最近『早く孫の顔が見たいわ〜』とよく口にしだしたお袋。
朝比奈の両親も言葉にはしないけれど、自分たちの息子が早く家庭を持つことを望んでいる。
それが息子としてできる最大の親孝行だということは、俺も朝比奈もよく分かってる。
だけど、どうしたってそれは無理な話だ。
だって、朝比奈がこんなにも好きなのだから。
『2人が愛し合っていればそれでいい』
なんて台詞を言うには、俺たちは歳を重ね過ぎたしある程度の社会的地位も手に入れてしまった。
だからせめてもの償いの為に、仕事では決して妥協したりはしない。
だからこそ、それを理解しているからこそ。
自分という存在が情けない。
たとえ腹立たしくてもそれを隠して、『仕事なら仕方ないな』と一言言ってやればいいのに。
たとえ寂しくてもそれを隠して、『気をつけて行ってこいよ』と笑顔で送り出してやればいいのに。
別れ際の朝比奈の顔が、頭から離れない。
何でそんな困ったような顔するんだよ。
何でそんな辛そうな顔するんだよ。
本当は、こんな事になる筈じゃなかったのに。
明日からしばらく会えないのに、最後に吐き捨てた言葉が『勝手にしろ』とか………最悪だ。
本当にこんな自分が………、嫌だ。