お題小説

□トライアングル・ティータイム
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トリが、『出かけよう』誘ってきた。

場所は最近ジワジワと話題になっているカフェ。表通りに面しているお洒落なカフェじゃなくて、路地裏でひっそりとやっているような、まさに隠れ家的なお店だ。メディアどころか地域のタウン誌にも広告を出さず、ただ口コミで人気が広まったようなカフェで、実際俺もアシの子から『ケーキもハーブティーもすっごく美味しかったし、何より内装が超可愛いんですよ‼』と聞いて知ったクチだ。



トリも他の担当作家さんや会社の人からお店の噂を聞いていて、前々から興味があったらしい。デジカメを片手に持って、許可が取れたら資料用に店内の写真を撮らせてもらうつもりのようだ。あぁ、そういえば俺、近々ヒロインを可愛い喫茶店でアルバイトさせるってトリに言ったっけ。撮った写真も、きっとそれに使うつもりなんだ。ホント、仕事熱心で感心しちゃうよ。



多分このお出掛けは、トリにとっては仕事の一環。

だけど………俺にとってコレは“デート”なんだ。トリがそう思っていなくても、俺はそう思うことにする。だって理由はどうであれ、トリから誘ってもらえて嬉しかったんだもん。2人で出掛けるなんて、久しぶりなんだもん。1人で浮かれようが何しようが、俺の自由だ。


真剣な顔でカメラを構えるトリの横顔に見惚れたり、てっきりトリはガトーショコラとかティラミスみたいなほろ苦系スイーツを頼むと思ってたらまさかのカスタードクリームたっぷりのミルフィーユを注文して、そのギャップに思わず“キュン”としてしまったり。自分なりにデート気分を味わったりして、すごく楽しかった。


───のに、すごく楽しかったのに。

今は、全然楽しくない。










『あ、やっぱり羽鳥と吉野さんだ。偶然ですね〜』

『高屋敷?何でお前がこにに……』

『……、っ……』





こんなやり取りをしたのが、つい10分前。俺たちは、高屋敷さんに遭遇した。

そして10分経った今現在も、高屋敷さんは何故かトリと会話を楽しんでいる。





「それでさ、その音響監督が───」

「ハハッ、まさか。あの人がそんなこと言うはずないだろ」

「…………、…」




さっきから、ずっとこんなカンジ。高屋敷さんとトリが2人で楽しそうに話していて、俺は置いてけぼり。



……高屋敷さん、絶対に確信犯だ。わざと俺を会話に入れないようにしているけど、話の内容はあくまで“漫画”に関わることだ。トリが食いつくのも当然だし、雑談に聞こえるけどよく聞けば俺たちの今後にすごく役立つ話ばっかだし。話に入れないのはあくまで俺が原因だ。引き篭もってばっかで、見識も狭い。今2人が話している音響監督の人だって、昔俺の漫画がドラマCD化した時にお世話になった人だ……トリに言われるまで気づかなかったケド。だけどトリに任せっきりで現場に出てない俺は、その人に直接は会ったことない。だから今の話題についていけない。1人でちびちびとハーブティーを飲んでいる。





………高屋敷さん、いつまでトリと話してるつもりなんだろ。

高屋敷さん、ケーキ買いに来ただけじゃなかったの?しかもテイクアウト。

『ここの宇治抹茶ロールケーキのファンなんですよ〜』とか言ってたけど、ホントはトリ会いに来たんじゃないの?



ぐるぐる、イライラ、もやもや。

高屋敷さんがトリが目的でこのカフェに来たなんて、あり得ないって分かってるのに。本当に偶然だって分かってるのに。

卑屈で嫌なことまで考えてしまう。






「あ、そうそう。俺の先輩クリエイターがさ、いま丸川の別作品のゲーム化に関わってんだけどさ。エメラルドじゃなくてジャプンなんだけど」

「あぁ、編集長の桐嶋さんよりも井坂さんのほうが何故か張り切ってるよ」

「当然。先輩、業界ではけっこう有名だし。でさ、その先輩が男だけどまさかのエメラルドファンでさ………」




ぐるぐる、イライラ、もやもや。

……俺いま、すごくヤな奴だ。

トリと高屋敷さんは仕事関係の話してるのに、……高屋敷さんに早くいなくなってほしいって思ってる。


ぐるぐるする。

イライラする。

もやもやする。


いま飲んでるジャスミンのハーブティーは、リラックス効果があるはずなのに。トリと可愛いお店に来て、楽しくて嬉しくて仕方ない筈なのに。俺が1人で舞い上がってただけだけど今日は………デートの筈だったのに。


………すごく、すごく。イヤな気持ちだよ。









────ダンッ!!


「え……吉、野?」

「たっ……、高屋敷さん‼」


我慢できなくなって、思わず席を立つ。トリは驚いた顔をする。当の高屋敷さんは……………



「ハハハッ、吉野さん。何か言いたそうですけど、取り敢えず落ち着きません?ぶっちゃけ吉野さん、今かなり注目集めてますよ」

「へっ…?………ぁ…」


笑う高屋敷さんの言葉にハッと我に返って辺りを見回すと、カフェの中にいる店員さんやお客さんが、みんな俺のほうを見ていることに気付いた。ピークの時間帯じゃないからお客さんが少ないのが唯一の救いだ。



「うぅ………」

「吉野お前………大丈夫か?」


トリが心配してくれてるけど、正直全然大丈夫じゃない。恥ずかし過ぎてどうにかなっちゃいそう。



「で?何ですか吉野さん」


高屋敷さんだけは相変わらず飄々としていて、ちょっと憎たらしい。


だけど…………、言わなきゃいけない。




「えと………そ、の…………お、俺とトリは今デート中なんです‼だから………じゃ、邪魔しないでくださいっっ」


















「吉野………、ごめんな」

「ううん、こっちこそ…………何かごめん」



あの後、高屋敷さんは帰っていった。びっくりするくらいアッサリと。



『アハハッ、吉野さん直球〜。あーでも、吉野さんにそう言われちゃ帰るしかないですね〜。別に邪魔してるつもりはなかったし妬かせる予定でもなかったけど………吉野さん今めちゃくちゃヤキモチ妬いてるでしょ。何かお邪魔しちゃってすいません。咬ませ犬になる前にとっとと退散します』


最後まで掴み所がなくて飄々としてて、やっぱり俺はあの人はちょっと苦手だ。




「それより吉野……………さっきお前、“デート”って……」

「えっ、あ………うん、ごめん……………」


あんまり触れて欲しくない部分をストレートに突かれる。トリは真面目に仕事してたのに、俺は1人で浮かれていたことがバレて、恥ずかしい。トリの顔をまともに見ることができず、俯く。




「……何で謝るんだ?」

「……え?だってトリは仕事してたのに………俺だけ1人ではしゃいで……」

「いや、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて…………嬉しいんだ」

「へっ?」



びっくりして、俯いていた顔を上げる。トリが珍しく、気恥ずかしそうな照れた表情をしていた。


「だから………こういう仕事の取材でも、お前が俺を“恋人”として意識してくれていた事が嬉しいんだ」

「トリ…………」

「そういえば最近、2人で仕事抜きでどこかに出掛けてないな。今は特別にやらなきゃいけない企画とかも無いから、今度の締め切り明けに日程調節して2人でちゃんとした“デート”………するか」

「う………、うんっっ‼するっ、したい‼」



トリの提案が嬉し過ぎて、また大きな声を出してしまった。トリが小声で『バカ……』と呟いた。


………でも、本当に嬉しい。




「へへっ………」

「何だ、急に笑い出てて…………」

「べっつに〜。トリのミルフィーユ美味しそうだな〜って思っただけ」

「…………一口食べるか?」

「マジで!?やったーーー‼」




カスタードクリームたっぷりのミルフィーユ。トリにはあまり似合わない、甘い甘いスイーツ。てっぺんには、真っ赤で甘酸っぱそうな苺がちょこんと乗っている。

とってもとっても、美味しそう。



「わーい‼いただきまーす」



トリのお皿にフォークを伸ばそうとしたら、トリ顔が急に曇った。

あれ?何か怒ってる?もしかして、苺を狙ってるのがバレちゃった?



そんな事を考えてたら……………






「ちーあきっ」

「わっ‼」



後ろから首に腕を回され、同時に頭頂部に軽い重みを感じた。多分、頭のてっぺんに顎を乗せられたんだ。




「へっ、え?もしかして…………」

「…………柳瀬」

「あ、なんだ羽鳥もいたのか。ごめん全然気づかなかったよ。てか千秋、何食ってんの?ふーん、モンブランか。うまそーだな。俺テイクアウトのつもりだったけど、千秋がいるならココで食べてこっかな。あ、すみませーん。さっきテイクアウトで頼んだチーズケーキ、やっぱココで食べます。あとカモミールティーもください」




優は店員さんにそう言うと、俺の隣に腰掛けた。




「え、ゆ、優…………?」

「ん、なに?」

「いや……えっと、そのぉ〜………」

「……………」



にこにこと笑っている優に、恐い顔のトリ。まさに一触即発。どうしよう、本気で逃げたい。





「………吉野」

「ヒッ‼……え、な……、何?」





地を這うような低い声。その恐ろしい形相は般若か地獄の鬼か、はたまた魔王の化身か。あぁ………さっきまであんなに俺を胸キュンさせまくっていたトリは、一体どこへ行ってしまったのだろう。








「………さっきお前が高屋敷に言ったこと、そのまま柳瀬にも言ってやれ」

「っっっっ‼」














トライアグル・ティータイム









───神様、美味しいお茶にはやっぱりスパイスよりもお砂糖が欲しいです。
 

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