群青の鮫、海を越え

□×ぬら孫
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乙女が家に来てから、なんだか屋敷の中の空気がおかしい。
雰囲気が悪いとかじゃなくて、つまりは、そう、『ナニかが、いる』。

「あれが、羽衣狐様の依り代の兄弟という奴か?」
「ふぅ〜む、男子にしてはなかなかに美味そうな匂いをしておる」
「羽衣狐様は、あのガキをどうするつもりなのだ?」
「育てて食うのではないか?ほら、例の、羽衣狐様がお好きな余興というやつ」
「なるほどなぁ、ならば我々は手を出さぬように注意せねばなぁ」
「あまりに美味しそうで、うっかり食ってしまわないようになぁ!」
「ゲラゲラゲラ!!」
「ケケケッ、クケケケケッ!!」

こそこそと聞こえる声の元に、偶然を装ってボールペンの蓋を飛ばす。

「ひぇっ!」
「何か飛んできたぞ!!」
「危ない危ない……」

雑魚妖怪どもが、うざったい。
お前らごときに食われるような、オレ様じゃあねぇっつの。

「大人気じゃのう、鮫弥」
「……お陰さまでなぁ」
「食われんように気を付けぬとなぁ?」
「オレがあんな雑魚に食われるわけねーだろぉ」
「くくく……、頼もしい限りじゃのう!!」

オレの部屋に来て、ペンを動かすオレの背に凭れ掛かりながら、乙女は興味深げに机の上を指差した。

「鮫弥は何をしておるのじゃ」
「勉強だぁ」
「何の勉強じゃ?」
「数学」
「む、すうがく、とな?」

乙女はどうやら、数学がわからないようで、教本を取り上げて感心したように見ている。

「鮫弥、これは何語じゃ?」
「何語っつーか、数字、だな」
「数字……、今の子供は皆、こんなものをしてるのか……」
「いや、普通の小学生はぜってぇできねぇぞぉ。オレが特別なだけだぁ」
「そうなのか……」
「……乙女くらいの年頃なら、掛け算とかはできると思うぜぇ」
「かけざん?かけざんとはなんじゃ?」
「それはなぁ……」

近くにあった適当な紙を手繰り寄せて、小さなリンゴを書き込み、四角で囲う。

「良いか、ここにリンゴが4つ入った箱がある」
「うむ」
「その箱が3つある」
「あるな」
「4×3、と書くと、リンゴ4つの箱が3つあるって意味になる」
「ふむふむ」
「4×3の答えは12。リンゴは全部で12個あるってことになる」
「今の子供は凄いのう」
「後は割り算とか分数とか小数とかか?」
「むぅ、今の子供は大変だな……」
「……今の子供にはなぁ、勉強するために学校に行くことが義務づけられてるんだぜぇ」
「……つまり?」
「お前も勉強しなきゃなぁ」

おぉ、驚いてる驚いてる。
似合わねぇよなぁ、この子が小学生とか。

「妾は行かぬぞ!!」
「いや、義務教育だから……」
「なんとかせい!」
「無茶いうな馬鹿……」
「だ、だって……、」

唇を尖らせてしょんぼりとする乙女は、年相応でなかなか可愛らしい。
ヤバイな、シスコンになるかもしれない。

「わからないことはオレが教えてやるから、頑張ってみようぜぇ」
「む、……うむ」

コクッと頷いた乙女の頭をよしよしと撫でてやる。

「あまり触るでない……」
「照れるなって」
「むうぅ……!」

クッ!照れる乙女、可愛いな!!
あまり頭を撫でられることに慣れてないのだろうな。
甘え慣れてないっていうのか?
こう、恥ずかしそうにもぞもぞしてる姿が可愛い。
これが萌えって奴なのか!!

「お前が妹で、オレぁ幸せだ……」
「な、何を訳のわからぬことを……!その様に誉めたところで、お主が近い将来、妾に食われるという事実は変わらないのじゃからな!」
「ツンデレ発言にちょっとドキッとしたが、待て待て。オレ、食われるのかよ」
「当たり前じゃ!!妾が京都侵攻に成功した暁には、二条城の鵺ヶ池にてお主の生き肝を喰ろうてくれるわ!!」
「二条城の鵺ヶ池?二条城にそんな池あったかぁ?」
「!!……少し、喋りすぎたようじゃな。お主が知る必要のないことじゃ」

ふんっ、と踵を返して部屋を出ていった乙女の後ろ姿を見送る。
やっぱり、まだまだ距離は縮まらないか。

「まだ時間はあるからな」

ゆっくり打ち解けていこう。
たくさん話していこう。
少しでも長い時を共に生きよう。
自信をもって、アイツの兄を名乗れるように。

「そういやぁ、羽衣狐ってなんだ……?」

凄く大事なことを聞き逃してしまった気がする。

「おうおう、人間の坊主!!羽衣狐様のことを知らんとは無知な奴め!」
「然らば我々が教えてやろうぞ!」
「おうおう、それは良いな!」
「なんだおめぇらぁ?」

天井から転げ落ちるようにして出てきた小鬼が、机の上でキャイキャイと騒ぎ立てる。
おぉ……、影でこそこそ話してるのは知ってたが、正面切って話すのは初めてだ。
ゔお゙ぉ……、何この感動。

「我らは家鳴という妖!名は太郎右衛門!」
「次郎右衛門!」
「我らが崇高なる羽衣狐様のことを教えてやる!」
「感謝するのだな人間!!」

偉そうに胸を張って手を振り回す小鬼達には、マスコットキャラ的な可愛らしさがある。
手の平に拾い上げて、指の腹で頭を撫でてやる。
乙女と違って、彼らは猫のように擦り寄ってくる。

「むむ!次郎ばかりズルいぞ!!」

ピョコピョコ飛び上がる太郎を肩に乗せる。
うむ、やはり小さな動物というのは癒される。
疲れた手を休めながら、小鬼達の話に耳を傾ける。
穏やかな午後の一コマであった。



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家鳴→ポルターガイスト的なことをしちゃう小鬼のことだそうです。
しゃばけとかに出て来ますね。
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