群青の鮫

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イタリア、ヴァリアー邸に戻ったオレをまず始めに出迎えたのはワインの空き瓶だった。
言わずもがな、ザンザスが投げた物である。

「……遅えぞカスザメ」
「あー、悪かったなぁ」

それだけ会話を交わし、ザンザスは自室に戻っていった。
今のは……何だ?
まさかわざわざ出迎えに来てくれたとか……。
いや、それはないな。

「スクアーロ様、例の者たち、捕まえておきました」
「そうかぁ。名前と似顔絵だけしかなかったのに、よく見つかったなぁ」
「スクアーロ様の似顔絵がよく似ていたので、すぐに見付けられました。奴ら自身も、目立つ風体の者が多かったので」
「……確かに目立つよな」

部下の言葉に同意する。
姿形も、その行動も、考えてみれば目立つ奴ばかりだったな。

「で、そいつらはどこにいる?」
「はい、地下牢にいれてあります」
「……地下牢に?」

保護しろ、と言ったはずだったのだが、地下牢に入れてしまったのか。
汚い、暗い、臭い、早く出せと文句を言う白蘭と真6弔花たちが脳内に現れ、思わずため息がこぼれ落ちた。

「あの、地下牢に入れてはいけませんでしたか?」
「そうだな……。つっても、今回はオレの指示不足だぁ。お前は気にすんなぁ」
「はい、……恐縮です」

項垂れて反省している様子の部下を慰めて、オレは足早に地下に向かう。
階段を降りている最中、高い子供の声が、オレの耳に届いた。
ブルーベル、だろうか。
更に階段を下る。
ただ何か言っている、ということしかわからなかった声が、言葉として耳に届き始める。

「だから!早くブルーベル達を出してって言ってるの!!」
「誰が何のつもりでこんなことさせたのかしらねーが、四の五の言わずにさっさとここから出せバーロー!!」

ブルーベルにザクロの声か。
あった瞬間、滅茶苦茶文句言われそうだ。
長い階段をようやく降りきり、問題の地下牢を覗く。
オレに気付いた見張り達が、姿勢を正して報告した。

「ご命令通り、白蘭以下6名を拘束しております!!」
「……なんで保護が拘束になったのか、是非とも教えてもらいたいぜぇ」

保護から捕獲までならなんとなく納得できる気がするが、なんで拘束?
オレそこまでしろって言ってねーよ。

「あー!あんた確かヴァリアーとかいう奴!!」
「ハハン、ブルーベル。正確にはヴァリアーの作戦隊長のスペルビ・スクアーロです。最も、今はまだ、作戦隊長にはなっていないかも知れませんがね」
「テメーがオレたちを捕まえさせたのかバーロー!!」
「ぼばっ!白蘭様を笑った人?」
「偽りし者よ」
「……」

それぞれらしい言葉を頂戴したところで、オレは重大な異変に気付く。
白蘭の声が聞こえない。
牢の中を覗いてみると、白蘭が横たわっているのが見えた。
白い髪、白い肌、未来のアイツと同じフェイスペイント。
思わず顔をしかめる。
白蘭から聞こえてきたのは、安らかな寝息……。
寝ているだけか?
それならば、桔梗辺りが他の者たちに静かにするよう言いそうな気がするが。

「伝達ミスがあってな。すぐに別の部屋を用意させる。……それより、白蘭はどうしたぁ?」
「そーよ、それよ!白蘭がおかしーの!!あんた早くドクター呼んできてよ!!」
「……ブルーベルの言う通り、ここに連れてこられたときからずっと、白蘭様は目を覚まさないのです。先程から、我々を解放し、医者を呼ぶように頼んでいたのですが……」
「そうだったのか」

それは確かに、医者が必要だ。
捕まってから、もう1日半は過ぎている。
オレは牢屋の鍵を開けつつ、部下と見張り番に指示を出した。

「スクアーロ様!そいつらは危険で……」
「うるせぇぞぉ!今から指示を出す。テメーは医者呼んでこい。テメーは三階の奥の部屋開けてこい。テメーはルッスーリアに言って足枷用意しろぉ。武器庫にあるヴァリアーの紋が入った白い奴だぁ。それをコイツらにつけたら、今言った部屋まで連れてこい。良いなぁ!!」
「しかし……!」
「さっさと動けぇ!!」
「は、はい!」

全員が動き出したのを見てから牢屋に入る。
奥にいる白蘭の体をざっと調べた。
顔色、血の気がないのは、いつものことか?
汗はかいてないし、熱もねえ。
脈も……異常は無さそうだ。
瞼を開けると、瞳がピクピクと動いているのが見えた。
夢を、見ているのだろうか。

「ちょっと!何してるの!?」
「ブルーベル、静かに。どうです、スペルビ・スクアーロ」
「……専門家じゃねーから詳しいことはわからんがぁ、頭を打ったわけではねえようだな。なら、運んでも平気だろう」

頭部に外傷があった場合、動かすのは良くない。
だがその様子はなく、白蘭はただ昏々と眠っているだけだ。
膝と肩の下に手を入れ、そのまま持ち上げる。
少し重いが、持ち運べないことはない。
1度白蘭を外に出してから床におろし、牢にまた鍵をかけた。

「わりぃが、しばらくそこで待っててもらうぞぉ」
「にゅ!?」
「構いません。10年後の今、我々を信用し野放しにするほど、あなたは愚かではないでしょうしね」

桔梗の言葉に頷き、再び白蘭を持ち上げた。
3階の部屋まで運ばなければならない。
オレは気合いを入れ直し、階段を登り始めた。


 *  * *


ようやく辿り着いた部屋のベッドに白蘭を寝かせる。
あ゙ー、重かったぜ……。
意識のない人間一人抱えるのがどれだけ大変か、身をもって思い知る羽目になってしまったが、疲れたからといって休んでる暇はない。

「医師を連れてきました!!」
「約1日半眠り続けているらしい。診てやってくれぇ」
「承知いたしました!」

医師と部下にその場を任せ、オレは来た道を戻る。
地下牢に続く階段のところで真6弔花達と合流した。

「スクちゃん!もう、帰ってきたならただいまくらい言いに来てよね〜!!」
「悪かったなぁ!コイツらはオレが連れていく。ルッスーリア、テメーは頼んでおいた任務に戻れ」
「わかったわーん。……でも、長引きそうよ。マモちゃんに手伝ってもらってるけどなかなか見付からなくて……」
「そうか……」

眉間にシワが寄る。
予想通りとは言え、実際に結果を聞くと頭痛がしてくるな。
その場では、真6弔花達を引き取り、地道に続けるように言って、ルッスーリアとは別れた。

「白蘭様の容態はどうですか?」
「今医者が診てる。こっちの部屋だぁ」
「本当に白蘭様を医者にみせてんのかバーロー!?オレはテメーのこと、これっぽっちも信用してねーんだ!!」
「ぼ、僕チンは、大丈夫だと思うよザクロ……」

怒鳴ったり、心配したり、宥めたりと、賑やかに移動する真6弔花たちを誘導し、白蘭のいる部屋につく。
部屋では、医者が白蘭の胸に聴診器を当てているところだった。

「様子はどうだぁ?」
「スクアーロ様……それが」

首を捻る医師に、真似するようにオレも首を傾げた。
どうしたって言うんだ?

「彼は……ただ眠っているだけです。異常も何も……強いて言うなら、食事を摂っていないせいで、少し弱っているくらいしか……」
「バーローてめー!!もっとよく診ろ!!そんなわけねーだろ!?」
「ひぃ!!で、ですが本当に……!」

ヴァリアー専属の医師だ。
腕は信用している。
だがその医師にも理由がわからないとなると……。

「リング封印の副作用か……?」
「ハハン、あなたもそう思いますか」

桔梗も同意した。
それ以外の理由は考えづらい。
とにかく、これ以上衰弱しないように、点滴を射つように指示をした。

「わりぃが、今はコレくらいしかできねぇ。オレ達は出てくが、何かあったらドア横の電話で人を呼べ。あと、その足枷はヴァリアーの敷地外に出ると電気ショックが走る仕組みになっている。逃げ出そうとは考えるなよぉ」

桔梗とデイジーが頷いたのを見て、オレ達は部屋を出る。
ブルーベルとザクロはそっぽを向いたままだったが……それは仕方ねーな。
トリカブトってのはずっと無言のまま、とくに反応もなかった。
白蘭の目が覚めたら、もっと疲れそうだな……。
遠い目をしながら、部屋の鍵をかけた。


 * * *


「……けっ!何なんだあのヤローは、バーロー」
「野郎、ではなく、女性ですよザクロ」
「ああ?そうなのか?」
「白蘭様の話を聞いてなかったんですか?」
「……バーロー」

誤魔化すザクロを見て、やれやれとため息をついた。
あの日、未来からの記憶が降ってきた、その翌日。
まだ頭の中身を整理しきれない内に、彼らは来た。
マーレリングなどなく、戦う技術も、未来からの記憶しかない私に抵抗することはできず、そのままこのヴァリアー邸に連れてこられた。
そこで再会……いや、初めて会ったことになるのか?
とにかく、再び合間見えた真6弔花の仲間達は、トリカブト以外、ひどく混乱し、宥めるのが大変だった。

「……」

窓に近寄り、調べる。
ガラスではなく、強化プラスチック。
構造はもちろん、はめ殺しで、この窓を破るには相当な労力が必要になるだろう。
ドアは外からしか鍵が掛からない構造のようだ。
言うなればここは「軟禁部屋」。
まるで客間のように小綺麗に整えられた部屋だが、よく見ればそこかしこに隠しカメラも存在していた。
何人たりとも逃がさないという意思が感じられるその部屋に、スペルビ・スクアーロの抜け目のなさを感じる。

「ねえ桔梗、白蘭、大丈夫かなぁ」
「……ブルーベル。きっと大丈夫です。すぐに目を覚まされますよ」

心配げにこちらを見上げるブルーベルの頭を撫で、安心させる。
軟禁されている状況ではあるが、打開する必要も、方法も、今はない。
とにかく今は、白蘭様が一刻も早く目覚めることを、祈るばかりである。
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