群青の鮫

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人の少ない病室に、そよそよと風が忍び入ってくる。
僅かに肌寒さ感じさせる、涼やかな秋風。
風邪をひいてはいけない。
そう思い、窓を閉めた。

「カスザメ……」
「起こしちまったか?」
「起きてた」
「そうかぁ」

短い会話。
起きていたなんて、くだらない嘘だが、天の邪鬼なその様子が、酷く微笑ましく思えた。
こいつがリングを填めて倒れた時、もうこの声が聞けないのではないかと、もうあの赤い目がオレを映すことはないのではないかと、恐怖した。
無事でよかった、と、思った。
喉が渇いているだろうと、備え付けの簡易キッチンで緑茶を入れて出す。
一口含み、喉を潤すザンザスに、少し待ってから話を切り出した。

「ジジイが目覚めたそうだぁ……」
「……生きてやがったのか、老いぼれが」
「てめーと話がしたいそうだぁ」
「しねー」
「……ザンザス」
「なんでオレが出向かなきゃならねぇ」
「……そうだな。だが、話さねぇと、何も終わらねぇ」
「……」
「ザンザス……、一度始めたことだ。どのような形であれ、始めたことは、終わらせなくちゃならねぇ」
「…………」

ふいっと顔を背けたザンザスへ、促すように声をかける。
これは二人の親子喧嘩なのだ。
喧嘩にしては人が死にすぎているし、規模がでかすぎるけれども、根本はそこにある。
二人の間で決着を付けねぇと、きっと何も変わらないし、この戦いは終われない。

「今回は、たくさん叫んだなぁ」
「……」
「たくさん戦ったなぁ」
「……」
「たくさん、傷つけたなぁ」
「うるせぇぞ」
「……どうしても、行かねぇか?」
「……行かねぇ」

まるで駄々っ子だ。
オレから顔を背け続けるザンザスに、大きく溜め息を吐き出す。
硬質な髪をゆるゆると撫でてやると、嫌がるように布団にくるまった。
仕方がない。

「ゔお゙ぉい!!ベル、手伝えぇ!」
「ああ!?」
「りょーぉかーい!」
「はあ!?」
「覚悟しろよぉボス!!」
「しし、1名様ご案内ー」
「てめーら……!!一体何を!」

こうなったらもう強行手段に出るしかない。
幸いザンザスは武器を取り上げられ、更に血を流しすぎてまともに動けない。
弱ったザンザスをワイヤーで簀巻きにして連れていけば、更に更に完璧である。
……後の報復は恐ろしいが。

「てめーら!かっ消すぞ!!」
「銃もねぇのにどうすんだぁ?」
「手も拘束されてて使えねーし?」
「……!!ドカスが!!」

身を捩って暴れるザンザスを車に乗せて運ぶ。
マーモンに頼んでオレらの姿は見えなくしてもらっていた。
よってキャバッローネの奴らに止められる心配もねぇ。

「ム、来たね」
「お゙う。さっさと出すぜぇ」

運転はオレだ。
傷が痛むが、大して問題はねぇ。

「しし、こういうどたばたもたまには楽しーな♪」
「笑い事じゃないよベル。こんな高い報酬がなかったら、僕は絶対手伝ってなかったよ……」
「そぉかぁ?オレは楽しいぜぇ」
「しししっ!」

こんなに心が浮き立つのは久々だ。
これからザンザスはあのジジイに会うわけだから、楽しいなんて思いは微塵もねぇだろうが、オレは愉快だった。
人の不幸で飯がうまいとか、そう言うことではなくて、悪戯をしてケラケラ笑い転げているような、笑いすぎて笑うことそのものが楽しくなってしまっているような、そんな愉快さ。
クスクス笑いながら、ハンドルを捌いて9代目のいる病院に向かう。

「覚えてろ……」

後部座席から送られてくる、憤怒の視線は些か恐ろしいが、それでも笑いを止めることは出来なかった。

「着いたぜぇ。ここだぁ」
「ホントにここにいんの?9代目」
「そこかしこにマフィアの人間が潜んでる。ボンゴレの人間のようだし、どうやら間違いないようだね」
「マーモン、オレらの姿はちゃんと消えてるなぁ?」
「完璧だよ。六道骸並みの術者か超直感でもない限り、ね」
「しし、マーモンもしかして霧戦の負け引きずってる?」
「五月蝿いよベル」

まだ治まらない笑いを喉の奥に押し込めて、ベルと一緒にザンザスを担ぐ。
ザンザスを車イスに乗せて、最上階、ボンゴレ9代目のいる病室へと、向かった。


 * * *


「……誰だね?」
「ムム、やはり超直感は騙せないようだね」
「君は……、」

マーモンの名前を言おうとでもしたのだろうか。
横たわった姿のまま、顔だけこちらに向けた9代目が固まった。
そりゃあまあ、そうだな。
ザンザスが……あのザンザスが、ワイヤーに雁字搦めにされて、車椅子に座らされている訳だから。

「ししっ!じゃああとは若い人達に任せて?」
「それを言うなら、あとは年寄り達に、じゃないのかい?」
「ザンザスは年寄りじゃねぇだろうがぁ。いいからとっとと出るぞぉ」

二人を押して部屋を出る。
ザンザスの拘束は勿論解かない。
解いたら9代目が危険だし、何よりオレらが殴られる。
部屋は防音。
中の会話は聞こえない。
それに、部屋の前には9代目の守護者達がいる。
幸い気付かれなかったが、さっさと立ち去るに越したことはない。
二人がどんな会話を交わしたのかはわからない。
尋ねる気もない。
ただ、30分経ってザンザスを迎えに行ったとき、9代目が穏やかな顔で礼を述べた。
オレ達は揃って鼻を鳴らして、不機嫌な顔で立ち去った。
例えどんな形で決着がついたとしても、オレ達が9代目を許すことはないだろうから。

「帰るぞぉ」
「そうだね」
「さっさと行こーぜ。雷親父とオカマも待ってんだろーしなー」

再び車に乗り込む。
いまだオレ達を睨み付けるザンザスに、ちょっと冷や汗を流しながら、車を出す。
車は病院を出て、来た道とは逆の方向に向かう。

「……どこに行く?」
「言っただろぉ。帰るんだ、イタリアになぁ」
「ああ?」

正直、いつまでも日本に拘束され続ける訳にはいかんのだ。
あっちにもこっちにも、仕事が山のように待っているから。
それに向こうに帰ったらやりたいことがある。

「向こうについたら、気晴らしに遊びにでも行くかぁ」
「勝手に行けドカス」
「てめぇも行くんだぜザンザス」
「あ゙あ!?」
「どぉせ今までろくに遊びに行くこともなかったんだろぉ。折角だぁ、この機会にパアッと行こうぜぇ!」
「しし、オレも行くぜ」
「奢りなら行こうかな」
「……」

ザンザスは答えねぇが、無言は肯定と取る。
向こうで遊んで、そしてそのあとアジトに帰ろう。
そこには恐らく門外顧問らが待ち受けているのだろうが、そんなことは些事である。

「どこに行く?」
「空港の近くに良いとこあったっけ?」
「ググれぇ!」
「しし、オレ美味いカクテル出す店知ってんぜ♪」
「お前未成年だろうがぁ」

車の中でわいわいはしゃぎながらどこに行くかを決める。
穏やかな時間だった。
……底冷えするようなザンザスの低い声が掛けられるまでは。

「で、オレはいつ、解放される?」

ぴきっと空気が凍る。
零地点突破も真っ青の冷気である。

「……ほどいても、暴れねぇか?」
「……」
「……」
「覚えてろ、と、言ったな」
「……空港につくまで我慢してくれぇ」
「スクアーロ、そんな!空港についたらボスを解放するつもりなのかい!?僕たちを道連れに!僕たちを道連れに!?」
「スクアーロ、ちょっと車止めろよ。王子降りる」
「ここ高速だぞぉ」

和気藹々とした雰囲気は一転、葬式のようなムードに包まれながら車は空港に向かったのだった。
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