群青の鮫

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「こいつ、本当によく生きてたな。肋がいっちまってる上に、折れた骨が内臓に刺さってた。鮫にも食われかけてたし、今生きてるのは奇跡に近いぜ……」

手術が終わってすぐのシャマルの言葉が、冒頭のそれであった。
手術はどうやら上手く行ったらしく、後は感染症に気を付ければ大丈夫とのことだ。
鮫の歯というのはかなり汚いらしいから、噛まれたときにはそっちの心配も必要らしい。

「しかし、細いな」

病室のベッドに横たわるスクアーロの体は、昨日元気に動いていたのを見た時よりも、随分と細く見える。
それなりに筋肉はついてるんだけど……、そこに男らしい体つきは感じられなかった。

「だろぉ〜?こんな華奢な体で大剣振り回して戦ってたと思うとグッと来るものがあるだろっ!?」
「いや、それは別に……」
「ちぇ〜!ノリがわりーな」

シャマルの言うようにグッと来るものはなかったが、不思議に思うことはある。

「こいつ、何で男のふりなんてしてたんだろうな」
「……そればっかは本人に聞いてみないとわかりようがねーだろ」
「そりゃ、そうだけどさ」

それでも気になる。
こんなに綺麗なのに、勿体ないな、なんて、本人に言ったらぶっ叩かれそうだな。
しかしそれ以前に、理由を聞くにはまだまだ時間がかかりそうだ。
包帯まみれで眠る姿に、僅かに眉を顰めた。
この状態では、暫くはろくに動けそうもないな。
突然、部屋のドアをノックする音が響いた。

「ボス、いいか?」
「ん、なんだロマーリオ」
「スペルビ・スクアーロの情報、粗方調べ終えたぜ」
「そうか!」

ロマーリオには、スクアーロの情報収集を頼んでいた。
仮にも暗殺部隊の幹部。
隠されている情報も多いだろうし、あまり期待は出来ないが……。

「イタリアの部下が詳しい情報を調べたが、書類上こいつは男になってる」
「は?それって……、まさか元男で性転換手術を受けたとか!?」
「いや、間違いなく女の子だ。オレの嗅覚に間違いはない」
「無駄に頼もしいなシャマル!!」

シャマルの嗅覚は放っておくとして、確かに性転換したなら、わざわざ男のふりする必要はないよな。
ならばやっぱり、産まれた時から女なのに、書類は男になってたってことか?

「あとは、結構いい家の生まれだってことがわかったぜ。地元では一番の権力者で、財産も相当なものだったみてぇだな」
「なるほどな、それでなんか高貴な顔してるんだな……」
「なんだよ高貴な顔って」
「上品で綺麗な顔ってことだ!!」
「何かあったよな。『きれいな顔してるだろ、死んでるんだぜ、それで……』ってセリフ」
「テメー跳ね馬!!縁起でもないこと言うな!」
「アハハ、いや悪い」
「流石にここでその台詞はねーぜボス……」

熱弁を振るうシャマルに、最近読んだ漫画の名台詞を浴びせる。
思いっきり怒鳴られた。
つい言いたくなっちまったんだよ、仕方ねーじゃん。

「ごほんっ!とにかく話を戻すとだな。その金持ちの家で育ったこいつはフェンシングや射撃の大会での優勝経験がある。勉強もトップクラス!常に首席だったらしいぜ」
「あー、確かに。オレ、こいつと同じ学校行ってたけど普段学校サボって休んでるのにテストは毎回満点とってたらしい」
「あ、そういやこの学校、ボスと同じだな」
「お前しゃべったことなかったのかよ」
「一度だけ、ある」

それは確か、リボーンにシゴかれまくって帰った学校で、ズッコという少年にいじめられていたとき。

『ゔお゙ぉい!!邪魔だぁ!』

オレに殴りかかろうとしていたズッコを、突然現れ死角から殴り付けて、ノックダウンさせたのがスクアーロだった。
そう言えば、あの頃はまだ、こいつの髪はそれこそ男みたいに短かったっけ。
その頃から、スクアーロは危険な奴だと噂されていたし、当時のオレからすると恐怖の対象でしかなかった。
そしてその時のアイツは、何故だか知らないが酷く不機嫌だった。
その不機嫌のままに、拳をズッコにぶつけたのだ。
ズッコは数メートルの距離を飛び、顔から地面に突っ込んだ。
ズッコは重傷。
だが命をとられなかっただけ良かった、と周りの奴らは話していた。

『てめぇも邪魔だぁ』
『ヒィッ!!ごめんなさい!』

情けなく悲鳴をあげて道をあけたオレと、スクアーロの目線が合う。
そこでスクアーロはハッと気付いた様子でオレを見て、そのあと苛立たしそうな舌打ちと共に言った。

『次のキャバッローネがこれじゃあ、望み薄だな』

「スクアーロは一方的に、オレのことを知ってたみたいだったな」
「まあ、キャバッローネもかなり歴史のあるファミリーだからなぁ。知っていても不思議はない」
「いや、そのあとズッコにも『弱小のくせに意気がるからそうなるんだぁ』って言ってたぜ。たぶんスクアーロって、そういう情報に聡んじゃないかな」
「それはいつ頃のことだ?」
「えーと確か剣帝と戦うより前だったと思うぜ」
「じゃあ、この子はそういう戦闘スタイルなのかもしれねぇな」
「どういうことだ?」

シャマルが言うには、スクアーロはそりゃあ並みの人間に比べれば体力も筋力もずば抜けているが、それでも女であるから、鍛えられた男には敵わないだろうということ。
その力の不足を補うために、情報を収集して弱点を突いたり、様々な武器で柔軟に戦うことで、総合力をあげていたのではないか、ということだった。

「体力、筋力、知力、情報力、技術、その他諸々全部合わせたのがこいつの強さなんじゃねぇか?医者で暗殺者のオレから見ても、この嬢ちゃんの体つきは、惚れ惚れするくらいバランスが良くて綺麗だぜ」
「なるほど、な」

数多の努力と工夫の上に、彼女の強さはあったのだ。
しかもそれは14歳頃の話。
その頃にはもう、そのスタイルが確立していたのだと考えると、恐ろしい。
オレなんてその頃は『オレはボスを継ぐって決めたわけじゃない』とか言ってたのに。

「――で、スクアーロは学校に通ってはいたが、途中でやめてる」
「あ?どうしてだよ」
「剣帝を倒してヴァリアーに入ったからだろうな。これは予想だが、中退してすぐにXANXUSに会ったと思われる」
「んで、理由は不明だがXANXUSにヴァリアーボスの座を譲った、と」
「ああ。その後の動きは不明だ」
「……『ゆりかご』か」

ゆりかご。
オレたち同盟ファミリーには詳しいことは伝えられていないが、8年前、ヴァリアーが反乱を起こしたらしい、という話は伝え聞いていた。

「ゆりかごの件も全くの謎だ。その後XANXUSが姿を消しているものの、ヴァリアー隊員達は謹慎処分程度で済んでいるし」
「……起きたら、詳しく聞いてみねぇとな」

昏々と眠り続けるスクアーロに、苦々しい目を向けた。
こいつの抱える謎は、秘密は、いったいどれ程のものなのだろうか。
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