企画

□柘榴様その2(群青if)
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――……一人の人間の、死んで、生きた話をしようか。


 * * *


「スクアーロさん、入りますよ」
「……ん゙」

僕は重たい樫の木のドアを開ける。
その向こうにいるのは、今現在僕に住み処を貸してくれている人だ。
名前はスペルビ・スクアーロ。
銀色の長い髪、雪のように真っ白な肌、血のように赤い瞳。

「おはよ……」
「おはよって……今は夜ですよ」
「お前らの夜がオレの朝なんだよ」

寝足りなさそうに目を擦りながら、その痩身を起こしたスクアーロさんは、のっそりとベッドから出て僕に近付いてくる。

「……傷は、もうだいぶ良いようだなぁ」
「あ……はい、お陰様で」

徐に僕の頭を鷲掴んで、側頭部をじっくりと眺めた彼は、満足げにそう呟いた。
2週間前、僕は崖崩れに巻き込まれて大怪我を負った。
そのままでいたら、きっと死んでいた。
そんな僕を、たまたま助けてくれたのが彼、スクアーロさんだった。
目を覚ましたとき、僕の目の前で苦い顔をしていた彼は、ため息を吐いてこう言った。

「お前、ついてねぇなぁ。吸血鬼なんかに助けられるなんて」

ああ、ほら、今日もまた言った。
そう、彼、スペルビ・スクアーロは吸血鬼だった。
僕は彼の血によって助けられたのだ。

「あの、夕ご……じゃなくて、朝ごはん……なんですけど……」
「……無理すんなぁ。今日はいらねぇよ」

今日は、じゃなくて、今日も、じゃないか。
吸血鬼のご飯って言えば、まあ僕も昔から想像していた通り、人間の生き血ってやつだ。
だが彼いわく、血って言うのは絶対に必要なものではあるが、毎日補給する必要はないらしい。
そして吸血鬼は、特定の人間に血を分け与えることで、その人物に『マーキング』をする。
『マーキング』を受けた人間は強い生命力と引き換えに、その一生を吸血鬼の餌として過ごすのだ。

「怪我した日から2週間、一回も飲んでなくて、平気なんですか?」
「……平気、ではないかな」
「なら……」
「だが、強引に血をもらう気はねぇよ」

とん、と頭に手を置かれて、僕は何も言えなくなる。
この2週間、ずっとこんな感じであしらわれていて、僕はまだ一度も、彼に血を飲まれたことがない。
食堂へと向かう彼の足取りは、初めて見たときよりも、かなり覚束なくなっているように思う。

「……」

今なら、僕でも、殺せるだろうか。
服の下に隠している木の杭を、上からぎゅっと握り締める。
彼の正体は吸血鬼。
僕の正体は、吸血鬼ハンターだった。
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