群青の鮫_

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「まずはおかえり、とでも言っておこうか。スクアーロ君、よくぞ、死の淵から無事に帰ってきたね」

スペルビ・スクアーロは、生還した。
その事に喜び、騒いでいた者達も落ち着いたその隙に、チェッカーフェイスは彼女に声を掛けたのだった。
クッタリとしてベッドに体を預けているスクアーロが、しんどそうにチェッカーフェイスを見遣る。

「アルトに会ったのだろう?」
「……ああ」
「彼女はなんと?」
「『一人で勝手に生きろ』だと」
「……まあ、らしい、かな」

朧気な記憶の中の彼女と、その言葉を重ね合わせる。
嫌と言うほどしっくりくるその台詞に、チェッカーフェイスが思わず苦笑を溢した。

「アルトは、一人で死んだんだね」
「……いや、オレの腕を、持っていった」
「……ああ、確かに」

だらりと垂れて、動かない左手。
微かに、アルトの力の痕跡が見てとれる。
少し顔を険しくしたチェッカーフェイスは、その腕をじっくりと見定める。
もう、この腕が動くことはないだろう。
そして、恐らくだが……

「この腕をこのまま放っておけば、徐々に腐っていき、仕舞いには体全体に悪影響を及ぼす」
「……」

チェッカーフェイスの言葉を聞いたスクアーロは、ただ黙って、目を細めただけだった。
アルトに聞いていたのか、それとも本能的に気付いていたのか、既に決心は着いている、そういうことのようだった。
むしろ、詳しく説明して、納得させなければならないのは、彼女以外の者達のようだ。

「え……と、スクアーロ、腕が痛いのか?」
「救急セット!誰か持ってたよね!?」
「おいチェッカーフェイス、スクアーロの怪我は治ったんじゃなかったのか?」
「よくわからんが……怪我があるならオレの漢我流で極限治してやるぞ!」

スクアーロはそう言う彼らを、少し困ったように見詰めていた。
チェッカーフェイスはそんな彼女も含めて、微笑ましげに見ている。

「愛されているんだね」
「……そう、みたいだな」

難しい顔をして頷いたスクアーロの代わりに、チェッカーフェイスが口を開いた。

「諸君、ようく聞いてほしい。まず一に、スクアーロ君の左手は、もう動かない。私が何をしようと、治ることもない」
「え……?だって……え?」
「そして二に、この左手は今すぐにでも切り落とさなければならない。さもなくば、動かなくなった部分から徐々に肉体は腐ってゆき、仕舞いには体全体が腐って死んでしまうだろう」
「そんな……!」

淡々と事実だけを述べるチェッカーフェイスを前に、仲間達が苦し気に顔を歪ませる。
その様子を見て、スクアーロは何だか可笑しく思えてきた。
目の前にいるのは、今まで敵対していた奴もいて、というかその筆頭である沢田綱吉が、一際辛そうな顔をしている一人であったからだった。

「スクアーロ!左手切り落とさなくちゃならないなんて……嫌、だよね?痛いの、嫌でしょ?無理して、我慢しなくて良いんだ。俺達と一緒に、他の方法を探そう……」
「バカ沢田が」
「え!?」
「テメー10代目が心配してくださっているのに!んだその口調!!」

案の定、噛みついてきた獄寺を、沢田が抑えるのを見ながら、スクアーロは落ち着き払った表情で言葉を続ける。

「いいか沢田、何の犠牲もなしに、得られるものなんざねぇ。ただ生きる、そんなことにだって、犠牲は必ずついてくる……」
「……!」
「左手1つ無くなるくらい、死ぬことと比べりゃあ何て事ねーさ。それとも、テメー、オレが腐って死んでった方が良いとでも言うのかぁ?」
「そ、そんなわけないだろ!!」

納得がいかない顔をしている者が多い。
それでも全員、スクアーロの考えを変えることは出来ないとわかったようだった。
チェッカーフェイスに向けて左腕を差し出す。
肘から上は動くらしい。
だがその先、左手は全く動かず、だらりとぶら下がるばかりであった。

「チェッカーフェイス、……頼む」
「わかった……が、その前に1つ。相当のトラウマものだからね、女子供は出ていった方が良いと思うが……」

チェッカーフェイスがリボーンに目配せをする。
頷いたリボーンは、追いたてるようにして、沢田、山本、獄寺、笹川兄妹、ハル、バジル、クローム、フラン、シモンファミリー、ミルフィオーレのブルーベル、野猿、デイジー、ユニを退室させる。
彼らに続いてスカルも自主退室していった。

「ふむ、では始めようか」
「……頼む」

神妙な顔付きで頷くスクアーロ。
彼女は無意識にディーノと繋がれた右手を握り締めたことに、気付いているのだろうか。
チェッカーフェイスが彼女の左手の上に掌を翳す。
切り落とすと言っても、物理的に切り落とすわけでは無かったらしい。
彼が口の中で何かを唱えると、それに呼応して掌が光る。

「なっ!?左手が、『解けていってる』ぜコラ!!」

コロネロが思わず叫ぶ。
その言葉の通り、スクアーロの手がしゅるしゅると糸のように分解し、少しずつ、少しずつ、消えていた。
解けた先から、血が滴る。
その血も、シーツの染みになるより早く、空中で分解し、消滅してしまった。

「……っ!っ……ぅっく!!っ……っっ!!!」

必死で声を押さえようとしているのだろう。
スクアーロは血が出るほど強く唇を噛み、痛みを堪えていた。
もう、手首から先はない。
プツリブツリと音を立てて解ける皮と骨、血の隙間から、ピンク色の肉が見える。
チェッカーフェイスの言った通り、確かにこれは、トラウマものだ。

「……ぁっう!!」
「っと、こんなところだね」

前腕の三分の一程が消えたところで、チェッカーフェイスが手を降ろした。
スクアーロの手もドサリと落ちる。
荒く息を吐き、ベッドに沈みこんだスクアーロに、飄々とした様子で言葉を掛ける。

「お疲れ様、よく頑張ったね。血止めはサービスだよ」
「はっ……、はぁ……!あ、りが、とう……」

激しい痛み、霞む視界。
徐々にホワイトアウトしていく世界の端に、スクアーロはキラキラと光る金色を見つけた。

「スクアーロ!すぐに治療してやるからな!おいルッスーリア!!」
「んもうわかってるわよ!クーちゃん!!」

右手の中の温もりを確かに感じながら、スクアーロは安心しきった顔をして、眠りの中に落ちていったのだった。
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