群青の鮫_

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「……」
「……」

最上階の廊下を、二人の人影が並んで歩いていた。

「…………」
「…………」

ザカザカと競うように歩いているのは、ラル・ミルチと雲雀恭弥だ。
その後ろを、困った顔をしてバジルが小走りに着いてきている。

「………………」
「………………」
「お、お二人とも、その、もう少し離れて歩いてはいかがですか?」

無言のまま険しい表情で歩く二人は、何やら異様な空気を発している。
やがてその空気に耐えがたくなったのか、バジルが口を開いた。

「オレはただ普通に歩いてるだけだ。ヒバリ、いい加減オレに着いてくるのは止めろ」
「君が僕に着いてきているんでしょう?君は下の階でも見ておいでよ」
「オレはこっちに用があるんだ」
「ワオ、奇遇だね。僕もこっちに用があるんだよ」
「こ、こんなときに喧嘩はいけません……!」

肩をガツガツとぶつけ合いながら喧嘩をする二人。
彼らはどうやら最上階最奥に向かっているらしく、喧嘩をしながらもやっぱり並んで同じ方向に歩いていく。

「どうせお前は戦うことしか頭にないんだろう。さっきの部屋に戻って他の奴に相手をしてもらえ」
「何言ってるの、僕が相手してあげてるんだよ。何より魂の欠片っていうのがもしかしたら凄く強いかも知れないでしょ。なら戦わない手はないよ」
「……戦闘狂め」

呆れたように肩をすくめたラル・ミルチに、ヒバリは強気に言い返す。

「君こそ、一体何の用があるっていうんだい?」
「跳ね馬の様子がおかしかったからな。ロマーリオが着いているが……何かあってからでは遅いだろう」
「ふぅん、気にしすぎなんじゃないの?」
「……かもな」

だが飛び出していったディーノは大分取り乱しているように見えたし、彼と同じように想い人のいるラルは、その気持ちがわかっているつもりだった。
もし彼が危険な真似をしようとするのなら、止めなければならないとさえ思っていたのだ。
結局二人並んだままで、廊下の端、物置部屋の前に着く。
そこには、途方に暮れて佇むロマーリオがいた。

「あっ、ヒバリ……と、ラル・ミルチか!?それにバジルも……。お前ら……何してるんだ?」
「そ、その……拙者達も色々な場所を探し歩いていたのですが……」
「何をしてる、はこっちの台詞だよ。そんなところに突っ立ってないで早く中に入ったらどうなの?」
「バカか、貴様は。中には入れないから突っ立っているんだろうが」
「君、そんなに僕に咬み殺されたいのかい?それなら早くそう言えば良いのに」
「お前こそ俺に撃ち殺されたいようだな。そこから動くなよ」
「言い争っている場合か!?」
「さっきからずっとこうなのです……」

米神に血管を浮かべて、顔を引き攣らせながら向かい合う二人を、ロマーリオが叱りつけた。
こんな時に何をしているのかと頭を抱えるバジルやロマーリオに反して、叱られた二人は飄々とした顔で改めて目前のドアを見詰める。
至って普通の……ただ、とても古く寂れた木製のドア。
その向こうからは物音一つ聞こえなかったが……

「……中にいるな」
「ねぇ、ちょっと。ここで一体何があったの?」
「あ、ああ……。ボスがこの部屋に踏み込んだ瞬間に、部屋のドアが閉まっちまってな……。押しても引いてもビクともしねぇし、中のボスの声も聞こえなくなっちまったしよぉ」

ドアを見れば、靴の跡やら焦げ跡やらが所々についている。
押しても引いても、と言うより、蹴っても撃っても開かなかったらしい。
試しにヒバリも、トンファーでドアを打ち付けてみるが、一見脆そうなそのドアは、頑なに閉ざされたままである。

「どうやら特別な力で閉じられているようだな」
「中にいる魂の欠片とやらが、ドアに『何か』をしているんだろうね」

スッと目を細めて、ヒバリは静かにドアを睨んだ。

「中で何が起きているのか、想像するより他、ないってことだね。




……なんて、僕がそれで納得できるわけないでしょう」
「ヒバリお前っ!」

紫色の雲の炎と、ドアに攻撃を加える振動が広がった。



 * * *



「ス、スクアーロ!おい!」

突然、膝をついて倒れた幼いスクアーロを、腕の中に収めて揺さぶった。
冷たく固い体は、まるで死体のように感じられた。

『呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ……』

怨嗟の言葉は、今もまだ続いている。
ディーノは小さな体を抱いたまま、頭上から睨み付ける男を攻撃した。
しなる鞭はしかし、男の体を通り抜けて、空気を打つだけに留まった。

「クソッ!何なんだよこれは!?」

冷たい体を抱え直して、一先ず外に出ようと、ドアノブに手を掛けた。
だがドアは固く閉じたまま開かない。
悪態を吐きながら、ドアノブを騒がしく鳴らしていると、不意に目眩がディーノを襲った。

「ぅ……!」

それはほんの一瞬だったが、その僅かな間に、ディーノには変化があった。
腕に抱えた、小さな重みが消えている。
そして、背後から聞こえ続けていた声が聞こえなくなっていた。
驚いて振り向く。
振り向いた先には、吊るされた男と、それを見上げる小さな子どもがいる。

「え、……え?」

確かに自分の腕の中にいたはずだったというのに、なぜその子は目の前に立っているんだ?
何故男は黙ったんだ?
疑問が頭を占める。
だが子どもが少しふらついたのを見ると、疑問はすべて頭の中から吹き飛んでいった。

「大丈夫か!?とにかく一旦座って……!」
『……呪われろ、呪われろ……』
「っだぁあ!またあんたかよ!!ちょっと黙ってろ!」
『……黙ってて』
「え?」

素手で男を殴ろうとしたディーノの横で、子どもが初めて、口を開いた。
その声は、震えていてか細い。
驚いて見開かれたディーノの目と、銀色の大きな瞳がかち合った。

『黙っていて。オレの事は、放っておいて』
「は、……はあ?何、言って……」
『待ってるから、放っておいて』

それだけ言うと、子どもは興味が失せたようにディーノから目を逸らし、再び一心に、吊るされた男を見詰める。
一体何を、待っていると言うのだろうか。
少し考えて、ディーノはストンと子どもの隣に腰掛けた。

「なあ、何を待ってるんだ?」
『……』
「こいつ、この、ずっとブツブツ言っている男、お前の父親だろ?」
『……』
「うん、似てるよ。目元とかさ、なんか顔付きが似てるよ」
『……』

返事を返さない子どもに向けて、ディーノは一方的に話を続けている。

「オレさ、お前の事を連れて帰らなきゃいけないみたいでさ」
『……』
「じゃないと、スクアーロが死んじまうんだよな」
『……』
「オレに出来ることがあるならさ、何だってする。だから、一緒に戻ろう、スクアーロ。オレまだ、お前といたい。たくさん話したい、そばにいて、抱き締めたいんだ」
『……』

子どもの首がディーノの方を向く。
銀色の瞳は虚ろで、それでも、しっかりとディーノを見ていることがわかった。

『……オレは、』
「うん」
『父さんが、こっちを見てくれるのを、ずっと待ってる』
「父さんが?」
『……今は、こんな風にオレに酷いことばかり言うけど、……いつか、きっといつか、父さんは、オレを見てくれる。オレの事、『愛してる』って、言ってくれる』
「……」
『だって、親子なんだから……。クレアも、言ってたんだ。親子だから、きっといつか、分かり合えるようになる、って……』
「……」

次に黙ったのは、ディーノの方だった。
『親子なんだから』いつかきっと、愛してくれるはず。
そんな切ない望みを抱いて、親からの呪いの言葉を受け続けてきたのだろうか。
いや、言葉だけなら、まだましだ。
もし、もしこの男が、自分の子どもに手を上げていたとしたら……。
ディーノの考えに呼応したかのように、突然、男が叫びだした。

『あ゙、ああ゙ぁああぁぁあ゙ああっ!!!!そんなっ!そんな目で私を見るなぁぁあ!!』
『あ、…………』
「なっ、何、してんだ……!!」

太い麻縄の切れる音、重たいものが落ちる音、ガサゴソという衣擦れの音、そして、何かを締めるギリギリという音。
はっとして見れば、どこぞのテレビから現れる怨霊のように、四つん這いで地面を這う男と、その男に首を締められている子どもの姿が目の前にあって……。
咄嗟に止めようとしたディーノの腕は、男の体をすり抜けてしまう。

『ゔっ!ゔぅぅゔうぅう!!』
『ぐっ……か、はっ……』
「な、なんで……!スクアーロ!おい!大丈夫か!?はなせ、放せよっ!この白髪野郎っ!」

子どもの体を引っ張って助け出そうとしても、全く動かない。
ディーノには、ただ苦しそうに咳き込む声を聞いていることしか出来なかった。

『なぜっ!何故、お前なんだ……!!私が……私が望んだのはっ、お前なんかじゃ……ない!お前など、……いらなかったのに!!』
『ぁ…………』

子どもの目尻から、頬に涙が伝うのを見たディーノの頭の中で、何かがプツリと、切れる音がした。
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