群青の鮫_

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「なっ、なな、なっ!何なのよアレー!!?」

遊戯室と記されたドアの向こう側。
そこは大惨事の様相を呈していた。
辺り一面を覆い尽くす死体の群れ、無数に散らばる瓦礫、立ち上る黒煙、そこに混じる無数の赤。
その黒と赤に紛れて、1つの人影が瓦礫の間を縫うように移動して、悲鳴をあげたM.Mに迫ってきていた。

「いやぁー!!」

小振りなナイフが、彼女の頸動脈を正確無比に狙い定め、刺突しようと動く。
だがナイフが刺さるよりも一瞬早く、地面から生えた藍色の蓮の蔦がナイフごと腕を絡めとった。
M.Mの首筋のほんの数ミリ手前で切っ先が止まる。
尻餅をついて転んだM.Mに向けて、骸の怒号が飛んだ。

「あなたの攻撃では効かないと言っているでしょう!!今すぐにこの部屋から出なさい!!」
「出られるんならとっとと出てるわよ!!骸ちゃんのバカー!!」

彼らが部屋に入ったその瞬間、ドアが閉まり、押しても引いても開かなくなってしまったのだ。
閉じ込められた彼らを襲ったのは、幾人かには見覚えのある、黒い人影だった。
腕の蔦を力ずくで引き千切り、人影はあっと言う間に瓦礫と瓦礫の間に姿を隠す。

「どーするんですか師匠ー。あんな早くちゃ幻術で捕まえるのも至難の技ですー」
「チビフランの言う通りれすよ骸さん!!らいたいなんれあいつ、骸さんの幻術がろくに効かないんれすかー!!?」
「忌々しいことにガットネロは幻術に耐性があります。あのヴァリアーのアルコバレーノのせいでしょうね。ただの幻術では破られる」
「じゃあ『本物』ならー……、」
「金属などの密度の高い物質を作るには時間がいる。それ以外の物だとあれには効きません」
「どうすれば……!」
「……」

全員で背中合わせになって、敵……ガットネロの襲撃に備える。
神出鬼没、変幻自在、次にどんな攻撃が来るか想像もつかない。
何より、

「あの人、いつもよりも、強い……?」
「やはり君もそう思いますかクローム」
「……確かに」

千種は二人の言葉に頷いて肯定を示し、先程までのガットネロの様子を思い返す。
まるで攻撃方法をプログラミングされた、超高性能アンドロイドと戦っているような感じだった。
……例えが分かりづらいのはおいておいて、つまりそれだけ精密で確実な動きをするのだ、ということである。

「アレ、本当にあの銀髪ロン毛なの?一言も喋んないし、何よりあいつ剣使ってないじゃない!!」
「でもー、あの人代理戦争の時はフツーに銃とか使ってましたよー」
「ガットネロは元々、使う得物を定めてはいませんよ。ただ、良く使うのが剣である、と言うだけのことです」

油断なく辺りを見回しながら、骸は三叉槍を構える。

「……仕方ありませんね、多少の危険は伴いますが」

こちら側の出方を窺っているのか、中々出てこないガットネロを炙り出すべく、骸は仲間たちに指示を出す。

「……わかりましたね?」
「わかりました」
「りょーかいだびょん!!」

術士である骸、クローム、フランの3人を、残りの3人が囲む。
彼らの周りを、藍色の炎が包んだ。

「じゃー一丁、フルーティーにいきましょうー」
「普通に、行く」

瞬時に彼らの足元が隆起し、迫り上がる。
地面は、10m程の高さまで来ると、そこで動きを止めた。
間髪入れずに次の幻術が発動する。
高い塔となった地面の根本から、じわりと水が染み出す。

「クフフ、出てきなさいガットネロ。ヴェルデ博士の装置により限りなく本物に近い水です」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……出て、きませんね」

既に彼らの眼下は水で満たされ、瓦礫も死体も、彼ら以外の何物も、水上に出ているものはいない。
少しずつ、骸に視線が向けられていく。

「……骸ちゃん、まさか」
「これ、死んじゃったんじゃないれす……?」
「……骸様……?」
「いや、あのガットネロが、こんなことで死ぬはずは……」

だが水面に上がってくるものは何もない。
骸が冷や汗を浮かべ始めた頃だった。

「……骸様、あそこに」
「あれは……?」

水の上に、何か赤黒いモノが浮かび上がって来ていた。
それは、じわりじわりと広がり、大きさを増していく。

「……血、ですか?」

骸の一言に、全員がその正体を理解したとき、彼らに影が射した。

「なっ……!?」

浮かんできた血とは、逆方向から。
ガットネロが飛び上がって迫ってきていた。
上手く釣られた、らしい。
気付くのが僅かに遅れる。
構えていた槍が弾き飛ばされる。
犬が、千種のヘッジホッグが、M.Mのクラリネットが防ぐよりも早く、ガットネロは骸の首に手をかけていた。
骸の体を押し倒し、首を捻り折ろうと力を入れる。
だが、首を折るより早く、その動きは止まった。

『……お前、』
「ク、フフ……気付いたところで、遅い」

骸がニヤリと笑む。
その体が弾けてスライム化し、ガットネロの体を拘束する。
動けなくなったその体を、周りの者達が押さえ付ける。
水が引き、塔の中から姿を現した骸が、不敵に笑った。

「クフフ、本物の中に幻術を紛れ込ませることで、あなたの感覚を惑わせることが出来るという予測、どうやら当たったようですね」
「もし当たってなかったら、ミー達殺されてたかもしれないじゃないですかー」
「めんどい……」
「へっへー!!ざまぁ見ろびょん!!もう逃げらんねーかんな!!」

転がされて、自分を見下ろす者達を見たガットネロは、大きなリアクションを示すことはなかったが、ポツリと呟いた。

『面倒くせぇ』
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