群青の鮫_

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『何故だ……何故、どうして……』

陰鬱な瞳でヴァリアーの仲間達を見据えながら、今より幼いスクアーロは、うわ言のようにブツブツと同じことを呟き続けている。
尋常ではないその様子に思わず1歩後退りながら、ルッスーリアは恐る恐る声をかけた。

「スクちゃん?スクちゃんよね?」
『……なんで、何故……な、ぜ……』
「返事をしろスクアーロ!!」
「どうしちまったんだよスクアーロ!!」
『……なに、なんで……うそだ……』
「ムム、本当に様子がおかしいよ。まさかこれがスクアーロの魂の欠片だって言うのかい!?」

唸るように、低く小さな声で呟きを落とすスクアーロを、注意深く見据えていたヴァリアー達だったが、膠着状態に堪えきれなくなったか、レヴィがパラボラを構えて飛び出した。

「ブツクサと意味の分からぬことばかり呟きおって!!とにもかくにもコイツをあの部屋まで連れ帰れば、それで良いのだろう!!」
「ちょ、待ってよレヴィ!!」
「しし、レヴィの言う通りだぜマーモン。目の前のアイツを取っ捕まえて、さっさとスクアーロ復活させて一発殴る」
「私も同意見よぉ!!」
「ベル、ルッスーリアも!!」

3人が飛び出し、目の前の人影を捕まえようと手を伸ばしたその瞬間だった。
フラリと人影が一歩踏み出す。
キラリと銀色が煌めく。
気付くと、その人はマーモンの目の前にいた。

「……え?」
『……、』

一瞬の出来事に、マーモンの思考はついていかなかった。
何が起こったのか、てんで分からない。
ただ、刺し貫くような鋭い殺気を浴びて、反射的に半歩ほど左にずれた。
ガッキィンという硬質な金属音にハッとして見ると、今までマーモンがいた場所には鈍色の大剣が突き刺さっていた。

「ヒッ!!」
『……待て、』

ゾリ、と剣を引き抜き、飛び上がって逃げたマーモンを再び狙う。
だが狙いを定めて剣を振り上げるより早く、バチバチと雷電を纏った人影が間に割って入ってきた。

「何をモタモタしているのだマーモン!!」
「レ、レヴィ!?」
「一旦退くわよマモちゃん!!私やレヴィ、ベルならともかく、術士のあなたにはこの近距離はキツいでしょ!?」

ルッスーリアが言うが早いか、マーモンの体は何かに引っ張られて、部屋の奥、スクアーロの魂の欠片から遠く離れた場所にいた。
ベルのワイヤーだ。
言外に、邪魔だから遠くで援護していろ、と言われているということだろうか。

「大丈夫レヴィ!?」
「大丈夫な訳があるか!!通りすぎ様に一撃、正面から一撃食らって既にパラボラが2本ダメになったぞ!!」
「しし、マジかよ、ダッセー!!」
「そういうベルちゃんだって肩押さえてるじゃない」
「ルッスーリア、貴様も顔が腫れているではないか」

全員が全員、急所こそ避けたようだが、攻撃を食らったらしい。
パラボラという、防御にも有効な武器を持っていたレヴィは肉体のダメージはゼロだったらしいが、手持ちの武器は4分の3だけ。
何より……。

「どうする。室内ではオレのパラボラの本領は発揮できんぞ!!」
「私とベルちゃんは室内でも関係ないけど……、」
「相手が大剣使いじゃキツいくね?」

自分達じゃ相性が悪い。
そうさとって顔色を悪くした3人だったが、解決策が見つかるまで相手が待ってくれる訳もなく、欠片がまた、剣を構えた。

『オレが……、オレが全部……』
「だーっ!もううるせーっての!!」
「さっきから何をブツクサと言っているのだ!?」
「私に聞かないでよ!!わかるわけないでしょ!?」

ギリギリで攻撃を躱しながら、反撃を試みるも、どうにもうまく行かず、段々と苛立ちが募ってくる。
口調荒く喧嘩を始めそうになった彼らに、緊迫した声が浴びせられた。

「ちょっとどこ見てるの!?上から来てるよ!!」
「!?」

遠くで見ていたマーモンが、咄嗟に触手の有幻覚を出して欠片の進路を塞ぐ。
幻覚からスクアーロの魂の欠片が逃げ、やっと3人は一息を吐く。
スクアーロの攻撃は、恐ろしく速い。
少しの油断が隙になる。
4人の頬を冷や汗が伝った。

「喧嘩している場合じゃないだろう!?壊れたパラボラは僕の幻術で補うし、スクアーロの動きは僕がある程度邪魔できるから、君たちはスクアーロを倒すことだけ考えるんだ」
「さーすがマーモン、頼りになるぜ」
「でも倒すって……。私達の目的は連れ帰ることでしょう?倒しちゃ不味いんじゃないの?」
「ム、ならこのまま黙って殺されるって言うのかい?」
「マーモンの言う通りだ。連れ帰るのなら、奴を倒した後でも問題はあるまい!」
「しし、同感ー。んじゃマーモン、あのスクアーロのこと、幻術で捕まえとけよ」
「わかったよ。でも、スクアーロは幻術への耐性があるし、有幻覚を出しても避けられたら意味がない。精一杯やるけど、十分気を付けてね」
「わーかってるって」

意見が纏まり、ヴァリアー4人がそれぞれの立ち位置に移動する。
マーモンは標的から遠く離れた位置に。
他の3人は標的を取り囲むようにして立ち、各々の武器を構えた。

「しし、覚悟しろよ」
『……弱い、くせに……』
「……ああ!?」
「ぷっ、そんなに怒るなベルフェゴール」
『全員……』
「全員弱いとはどう言うことだスクアーロ貴様あぁあ!!」
「しし!まあ怒るなよレヴィ」
「んもう!グズグズしてるなら私が先に行っちゃうわよ!!」

先んじて飛び出したのはルッスーリアだった。
活性の特性を持つ晴の炎を纏った膝蹴りを、欠片に向かって容赦なく浴びせる。
それを避けようとした欠片はしかし、マーモンの幻術に足を取られ、一瞬動きが遅れた。
欠片は急所を庇うように腕と剣をクロスさせた。
直後、激しい衝突音と砂埃が広がる。

「しし!これは死んだんじゃねーの?」
「……死んだらまずいのではないか?」
「……これくらいでスクアーロは死なねーって!!」
「どう、ルッスーリア?うまくやったかい?」

まさに戦況を一転させる、晴の守護者らしい一撃。
あれではとても無事ではいられないと考えた彼らは、砂埃が晴れるのを待ちながらのんびりと声をかけた。
だが、彼らに返ってきたのは予想もしなかった言葉だった。

「ちょっと……なんかおかしいわ!!足に何かが巻き付いて離れないの!!」
「はあ?」

ようやく、晴れた煙の向こうには、ルッスーリアと、その足に絡み付く、ナニかがいた。
黒く、液体のようにドロドロと粘りつくそれから、ルッスーリアが逃げ出そうと必死に藻掻く。
だが藻掻けば藻掻くほどに、それは絡み付き離れない。
その黒いナニかの先にいたのは、ルッスーリアに倒されたはずの、スクアーロの魂の欠片の姿だった。

「ちょっ……何なのよこれぇ!!」
「ム、ルッスーリアに蹴られた腕が液体状になっているのか?」
「しし、遂に人間やめたのかよ、あの暗殺バカ!?」
「言ってる場合か!あのままだとルッスーリアが死ぬぞ!!」

駆け出したレヴィが、黒い液体を断ち切るようにパラボラを降り下ろす。
ベチャベチャと飛沫をあげて切れた液体から、ようやくルッスーリアが解放される。

「いやぁぁあ!!ナメクジに全身這い回られた気分よぉ!!」
「えぇい黙れ!!さっさと退かなければまた捕まるぞ!!」
「つぅかレヴィ、パラボラになんかついてるぜ?」
「なっ……!!オレのパラボラにまでナメクジが!!」
「ム、言っておくけど、ナメクジではないからね」

パラボラを這い回る得体の知れない液体に身震いして、さっさとそれを投げ捨てたレヴィは、ルッスーリアを引きずって猛烈な勢いで戻ってきた。

「オレはあんなウネウネ動くものが大っ嫌いなのだ!!気色が悪い!!」
「今のお前の方が気色が悪いけどな」
「ぬぉ!?」
「ム、しかし困ったね。あんな風に液体化されちゃあ攻撃も通じないよ……」

ルッスーリアに逃げられた欠片は、緩慢な動作で顔を上げて立ち上がる。
その瞳からは、腕から流れるのと同じ、黒い液体が溢れるようにして流れ出していた。

「泣いて、る……?」

ボタボタと溢れる黒い液体が、スクアーロの端麗な顔に二筋の痕を付ける。
口を開き、魂の一欠片はようやくマトモな言葉を発した。

『オレは、弱く、ない……!!』

突然の宣言に、4人は揃って首を傾げた。
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