ブラックバカラを貴方に。

□剣でなぐりつけるより、笑顔で蹴りつけろ
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鼻を擽る紅茶の香り、本のページをめくる音。
新しく設置した椅子に体を預けて、私は放課後を優雅に満喫していた。
だが表情は晴れない。
理由は単純明快、黒子君がここにいないから……その上代わりにここにいるのが、

「蛍さーん!
オレ、蛍さんの言う通り不良たちにキッチリ言い聞かせてきたっすよ!!
もう手ぇ出してくるやついねぇっすから、安心してオレのこと蹴ってください!!」
「えー何々、不良君。
蹴りだけで良いわけ?
真のドMなら縄とかムチとかもやってもらわなきゃダメだしょ〜。」
「伊達さんさすがっ!
蛍さんの一の子分なだけあるんだな!!」
「オレ子分だったの!?」

出入り禁止を言い渡したため、窓から覗き込むようにしてキャンキャン喚くワン公と部屋のソファーでだらける怠慢教師。
鬱陶しいことこの上ないわね。

「全員この部屋から出ていきなさい。」
「オレ入ってないっすよ蛍さん!」
「教師になんて口聞くんだ多々良ー。」
「名前で呼ぶことを許した覚えはありませんし、あなたが教師だなんて認めたくありませんね。」

額に手を当てて首を振る。
全く、あのワンちゃんのせいでただでさえ苛立っているというのに、伊達先生までこの部屋に居座ると言うのか。

「多々良ちゃーん、紅茶おかわり。」
「……。」

生徒の前で堂々とテストの丸付けをしながら、紅茶のおかわりを要求してくる先生に、無言で立ち上がって仕方なく紅茶を注ぐ。
今日のお茶請けはスコーンだ。
片手でもスコーンの欠片をこぼさずに器用に食べる伊達先生に冷めた視線を向けながら、私はため息をついた。

「黒子君、部活が忙しいのかしら。
新入部員の指導係になったとか言っていたし……。」
「またあの野郎の話っすか!?」
「多々良お前寂しいのかぁ?
先生が慰めてあげようか?」
「虫酸が走りますね。
セクハラですよ?」
「蛍さーん、あんなモヤシのどこがいいんですかー?」
「全てよ。
ワンちゃんは黙って無意味に地面でも掘ってなさいよ。」
「ワンッ!」

お返事だけは良いことね。
地面を掘り始めたワンちゃんは無視して、本の続きを読もうと目を戻したときだった。
カチャンと軽い音が鳴り、ドアが開いた。

「多々良さん、いますか?」
「黒子君?」

噂をすればなんとやら、現れたのは、バスケ部の帰りと思われる姿をした黒子君。
動揺は押し隠して、素早く立ち上がり彼を招き入れた。
先生がニヤニヤしている。
ドアの影に隠れて見えないようにその脚を蹴りつけた。

「……あら?
後ろの方たちはどちら様かしら。」
「同じバスケ部一軍の、黄瀬君と、マネージャーの桃井さんです。」
「そう。
文芸部にようこそ、黄瀬君、桃井さん。
狭いけれど、どうぞ入って。」

黒子君の後ろには、背の高い金髪の男子と桃色の髪の乙女がいた。
黄瀬……黄瀬っていうと、あのファッションモデルの黄瀬君かしら。
顔も同じだし、確かバスケ部に所属してるって聞いたことがあるわ。

「今日は借りていた本を返そうと思ってきたんです。
これ、ありがとうございました。」
「どういたしまして。
でもそんなに急ぐことなかったのに。」
「面白かったのであっという間に読んでしまって……。」
「この本が気に入ったのなら、こっちの本もお勧めよ。
よければどうぞ、読んでみて?」
「ありがとうございます。
借りますね。」

いつも通りローテンションだったけれど、どうやら貸した本は楽しんで読んでくれたらしい。
私も好きな本だから、嬉しいわ。

「黒子っち何借りたんすか?」
「推理小説です。」
「ふーん。」

私たちが本を貸し借りしている間に、突然黄瀬君が入ってきた。
黒子君の持つ本を横から見て、興味無さそうに言った黄瀬君はさっきまで私が座っていた椅子にドサッと座り込むと、周りを見回しながら、胡乱な視線を私に向けてきた。

「文芸部……って何してんの?」
「本を読んだり図書室の手伝いをしたり自分で書いたりよ。」
「へーぇ。」

その目や姿勢を見て、私は警戒心を露わに固い声で答えた。
私は人の感情の機微には疎いけれど、流石にここまで露骨だとすぐにわかるわね。
このガキ、私のこと、見下しているわ。

「文芸部って初めて入ったけど、色んな物が置いてあるのね!
これ、ガスコンロよね……?」
「紅茶が好きでよく飲むの。
よければ飲んで」
「そんなことより早く帰らねーっすか?
狭くて息が詰まりそうっすよー!」

私の言葉を遮るように言われた、悪意のある言葉に眉をひそめる。
桃井さんは普通の子のようだけど、このキンキラ頭は相当私が嫌いらしい。

「黄瀬君……。」

黒子君も咎めるような視線を向けたが、続きを言う前に私が先に言葉を放った。

「この部屋が気に食わないのなら出ていって。
頼んでまで居てもらう気はないわ。」
「……なんでオレがあんたに四の五の言われなくっちゃならないんすか?
黒子っち、こんなひねくれた女と一緒にいたら黒子っちまで心が汚れちゃうっすよ?」
「あなた黒子君を巻き込まなければ話が出来ないの?
それから、話をするときには相手をしっかり見ることよ。
ご両親に教わらなかったの?」
「いっ!ひらひっ!?」

黒子君を見てヘラヘラと笑う黄色野郎に素早く近寄り鼻を摘まんでこちらを向かせた。

「何すんだ!!」
「こっちの台詞ね。
突然来て雑言を吐き散らした挙げ句まともに話もしない。
人並みの礼儀を身に付けて出直してきたらいかがかしら?」
「はあ!?」

一つバカにすれば10倍になって返ってくる、とは斎の言葉だ。
鼻の頭を赤くして睨み付けるチャラデルモと私の間の空気は恐ろしく険悪だ。
黒子君が見ているとか、そんなの知らない。
私を馬鹿にするこの男をここから追い出す。

「ってオイオイ何喧嘩してんだお前ら!!
あ、黄瀬お前、鼻赤くなってんじゃねーか!!
何やってんだよ多々良!!」
「……伊達先生、今日は部室を閉めます。
皆さん出てください。」
「多々良さ、」
「あんな奴、無視して帰りましょうよ黒子っち。」
「でも、」
「出ていって。
閉めちゃうわよ。」

伊達先生の背中を押して、その向こうにいる黒子君たちも押し出す。
得意気な顔をした黄瀬が出ていったのを見て、ギリと歯を噛み締めて、全員が出たところでドアを閉めた。
何か言いたそうな黒子君も、申し訳なさそうな桃井さんも無視して通り過ぎる。
私が向かったのは中庭だった。

「あ、蛍さん!
穴掘ったっす!!」
「お気楽でいいわね、ワンちゃんは。
でもその穴は他の人が通ったときに危ないから埋めておきなさい。」
「うぃっす!!」

部室内が殺伐としていた時もずっと穴を掘っていたらしい彼は嬉しそうに目を輝かせながら穴を埋め始めた。

「手、泥々ね。」
「素手で掘りましたから!」
「そうね、道具を使おうものならひっぱたいてたわ。」
「今すぐスコップ持ってきます!!」
「そんなに叩かれたいの。
本当に変態ね。」

作業小屋まで駆け出そうとしたワンワンは、何故か私の声を聞いてピタリと動きを止めた。

「蛍さん元気なくないっすか?」
「そう?」
「まだ数日の付き合いっすけど蛍さんのことはわかります!!
いつもの蛍さんならオレのことなんてほっぽって帰ってました!!」
「そうね、無駄なことはしない主義だから。」
「相変わらず痺れるっ!
……でもやっぱり元気ないです。
いつもより言葉に鋭さがないです!!」
「?私の言葉、鋭いとか鈍いとかあるの?」

スタコラと私の真ん前まで帰ってきて、しゃがみこむ。
それに合わせて私もしゃがんだ。
元気、ないように見えてしまうのか。
確かに今はすこし、落ち込んでいるわ。
心配そうなワンちゃんの頭に手を伸ばした。
あのデルモと違って傷んでバサバサな金髪。
わしゃわしゃと撫で回したら、目を真ん丸くさせて静止した。

「私、黒子君に嫌な思いをさせてしまったわ……。
せっかく遊びに来てくれたのに、あんな金髪頭のために喧嘩して空気を悪くしてしまったわ。
きっと、もう遊びに来てくれない……。」
「な、何があったんすか!?
落ち込んでる蛍さんってなんか怖いっすよ!!」
「うるさいワンワン。」
「ンムムゥ!!」

ティッシュを口に詰め込んで黙らせて、愚痴を吐き続けた。
ワンちゃんが苦しそうだけど、死にはしないわよ、きっとね。

「あんなガキに怒るなんて、私としたことが、馬鹿ね。
あんな奴でも黒子君の友達なのに。
友達に暴言吐かれたら、誰だって気分を害するわよね。」
「ムググ、ペッ!
じゃあそいつ殴ればいいっすか!?」
「暴力でなんでもかんでも解決できるわけないじゃない、馬鹿ね。」
「はい、馬鹿です!!」

キリッとした良い顔で戯れ言を言い放つ真性馬鹿の髪を更に撫で散らかして、続ける。

「今日のことはちゃんと、明日、謝るつもり。
でも、落ち込んだから、ここに来たの。
ワンちゃんに頼る気はないけどストレス発散くらいにはなるかと思って。」
「は、発散してくれるんすか!?」
「でも暴力に頼るのは良くないわね。」
「え……!!」

目を輝かせて喜んだり、目に見えて落ち込んだりと、ワンちゃんは忙しいのね。

「オレに八つ当たりしてくださいよ!」
「ちょっと、触らないでよ。
私が汚れたらどうするの。」
「ごめんなさい!!」

手を掴もうとしてきた馬鹿を叱りつけると、スゴく嬉しそうに謝った。
気持ち悪いわ。

「でも、ちょっと元気出たわ。
ありがとね、一ノ瀬君。」
「え、……え!?なな名前っ、呼んでっ!!」
「さ、帰るわよ、ワンちゃん。」

このワンちゃんの名前は、一ノ瀬一陣。
たまには、名前で呼んであげても良いかもしれないわね。
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