群青の鮫

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「ゔお゙ぉい!!!」

その大音声が、ボンゴレ日本アジトに響いたのは、笹川了平がクローム髑髏を連れて到着する直前のことだった。
その映像データを送信し、ベルとの『遊び』を適当なところで切り上げたスペルビ・スクアーロは、相変わらず、忙しそうにアジト内を闊歩していた。
五日後には、ボンゴレから最強の座を掠めとり、その凶悪な力をもって世界に君臨せんとしている巨大マフィア、ミルフィオーレへの襲撃作戦が控えている。
例え最強暗殺部隊ヴァリアーといえど、何の準備もなしに出向くわけには行かない。
何より、他のボンゴレ幹部や同盟マフィアが頼りにならない状況下、どんな不測の事態にも対応できるよう、入念な準備を怠るわけにはいかなかった。
そしてそんな忙しいスクアーロの元には、働かない同僚たちの分まで、仕事や情報が運ばれてくる。

「スクアーロ隊長!!ミルフィオーレの第11部隊ヴィオラ隊の部下4名を暗殺!同時にミルフィオーレアジトについての情報を手に入れました!!」
「よくやったぁ!情報は報告書にまとめておけぇ!」
「隊長!!ボスが腹が減ったと…!!」
「シェフに言ってステーキでも作らせろぉ!!」
「作戦隊長!!弾薬が足りません!!」
「必要な分は後から届くはずだぁ!!リングやボックスは足りてるのかぁ!?」
「はい!予備まで含め予定通りの数が揃っています!!」
「隊長ー!ベルフェゴール様が働きたくないと!!」
「無理矢理にでも働かせろぉ!!」

普段ならば、スクアーロの額に浮かぶ血管を見て、その血圧を心配しながらも殺されたくない一心で、誰も話しかけたりはしないのだが、今回に限っては、そうとも言ってられない状況である。
そんな日々を、4日間寝る間も惜しみ過ごしたところで、付き合いの長い部下にいい加減休むように説得され、久々に自室に戻った。
曰く、『そろそろ休まないと貴方死にますよ!?』だそうだ。

「ふぅ……」

倒れ混むようにベッドに横になる。
ここ数日、本当に忙しかった。
ミルフィオーレのAランク隊長、グロキシニアが戦闘不能の重体だとか、六道骸が殺されたかもしれないとか、ミルフィオーレがこちらの作戦に勘づき始めているとか。
今回の作戦の行く末は、全く以て予測不能である。
成功するのかどうかもそうだが、この作戦が意味を為すのかすらわからない。
勿論、ミルフィオーレを一部でも退け、奪われたボンゴレの縄張りを取り返すことができたなら、それは間違いなく収穫だと言える。
そのはずだ。
だがミルフィオーレのボスだと言うあの男――白蘭。
この作戦が成功したところで、あの男にダメージが与えられるのだろうか。
ボンゴレの刃は、あの男の心臓に届くのか?

「チッ……」

舌打ちをして寝返りを打つ。
あれこれ考えたところで意味はない。
とにかく今は、できることをやればそれでいいのだ。
まずは体を休める。
そう決めて、微睡みに身を任せようとしたときだった。

「よっ!スクアーロ!!元気してるか!?」

ガチャンと壊れそうな音を立てて、喧しい男が部屋に入ってきた。

「睡眠中だぁ!出直せ跳ね馬!!」
「バリバリ起きてんじゃねーか!1分だけだって!!ちょっと話そうぜ!!」

遠慮なしに部屋に踏み入る跳ね馬ディーノに、顔一杯に「迷惑」の文字を表すスクアーロの様子は見えていないらしい。
突然入ってきたかと思えば、勝手に居座り、ベッドから起き上がったスクアーロの顔を覗き込んでくる。
迷惑この上ない男だ。

「てめぇ、襲撃の結果確かめに日本に行くんじゃなかったのかぁ?」
「おー、今からな」
「何で、ここに、いるんだぁ」
「行く前にスクアーロに挨拶してこうと思ってな!!」
「いらねぇ」

終始にこやかなディーノとは対極に、スクアーロの表情は冷たい。
今さらこいつに愛想よくなんて出来るものか。

「んなこと言うなよ。……もしかしたら、もう会えなくなるかもしれないんだし、さ」
「……だから、どうしたぁ?オレたちマフィアはいつだってそういう世界に生きてるだろうが」
「あはは……、確かにそうなんだけどさ。今回ばかりは、マジでヤバそうだから」

そう言ったディーノの顔に笑みはなく、表情は真剣その物だ。
彼の真面目な様子に圧倒されたのか、スクアーロが一瞬言葉に詰まる。

「だから!もう一回言っておこうと思ってよ!!スクアーロ……」
「なっ……」

ディーノがその大きな掌で、スクアーロの顔を包み込む。
蜂蜜色の瞳に覗き込まれ、スクアーロは言葉を失った。

「好きだぜ、スクアーロ」
「……ま、た、それかぁ」
「おう!スクアーロにオレの本気が伝わるまで続ける!!」

スペルビ・スクアーロ、彼の人が女性であると知る者は少ない。
その少ない内の一人が、ディーノであった。
知ったのは10年ほど前。
それから仕事で度々接触し、気付けばディーノは、スクアーロに好意を抱くようになっていた。
その気持ちを正直に伝えたのは1年前のこと。
それ以来、こうして伝え続けているが、スクアーロがその想いを認め、受け入れることはなかった。

「一時の気の迷いだ」
「気の迷いで1年続くか?」
「日本にあるだろ、『恋は盲目』とか『恋に恋する』とか」
「……マジなのに」
「……オレみたいな変な女なんて忘れて、もっと良い女と結婚しろぉ」

この話はこれで終わり、そう言うように、スクアーロが立ち上がり、ドアを開けた。
同時に、風のように素早く逃げた人影にため息をこぼす。
ベルの野郎か?アイツ盗み聞きしてやがったな……。

「じゃな、スクアーロ」
「お゙う。さっさと日本なりどこへなり行っちまえ」
「冷てーなあ。……また会おうぜ」
「ああ」

『また』
言外に、死ぬなよと、言っているのだと解釈し、自分はそんなに柔ではないという想いを込めて返答する。
手を振り去った跳ね馬ディーノを見送った後、漸く寝れると、ベッドにダイブした。
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