記念企画部屋2
□涙から生まれて
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渡邉は、手塚がダブルスで来るだろうということは読んでいた。
何故ならば、石田のパワー。
この試合に関しては、自分の教え子の選手を信じる信じないということを越えて、石田の対戦相手は、『敗ける』モノだと考えておいた方がいい。
たった1球で、その気になれば大抵の相手を“壊せてしまう”石田のそれは、ある種、無我などより遥かに確実でムラの無い絶対の武器だ。
そんなところに青学が当ててこようとするのは河村以外にはあり得ず、また、直前の氷帝戦で大石の負傷の再発。
負傷したのが菊丸の方ならば、天性のダブルスプレーヤーの大石のフォローで多少のことはなんとかなったかも知れないが、大石の穴埋めはきかない。
そんな風に色々と考えていくと、恐らく手塚はD1だろうと自然に答えにたどり着いた。
周りは奇策のような反応だったが、何の事はない選手事情を考慮すれば、こうすることしか出来ないだろうと、はじめから解っていた。
「ね、先生、手塚と光君試合させてあげてほしか。」
九州の女皇と呼ばれ、女子テニス界の至宝と呼ばれた千歳は、大阪に来てからプレーヤーとしてはキッパリとやめてしまったが、今は男子テニス部のマネージャーとしている。
普段から渡邉が彼女にオーダーの相談をすることは多々あるが、大抵彼女は、『一緒に戦えるわけじゃなか。口を出す権利無かよ。』とあまり具体的なことは言ってくれないのだけれど。
「や、俺は手塚のペアには小春とユウジ当てようかと思っててんけど、なんでなん?」
無我の境地という、一種の特殊能力のようなものを使う相手にはこちらも、多少の事では崩れない熟練ペアの、それこそ意表を突くことができるペアてなければいけないと考えていた。
「ん。正直、小春とユウジのペアの方が、まだ勝つ可能性はあっと。」
こくん、と頷きながら言った千歳の言葉はどちらにしても勝つ可能性は五分以外だと言っているようなモノだったが、そんなことよりも。
「ほんならなんで、わざわざ勝つ可能性低い謙也と財前のペア当ててくれって?」
渡邉は怒っては居ない。
考えなしにこんなことを千歳が言うはずが無いと解っているから。
「……来年の、ため。」
「ん?」
「来年、光君、1人で金ちゃんの相手せんといかん。金ちゃんは天才。テニスに、選ばれた子……。」
このまま、来年になったら財前は潰れる。
だから……。
「……光君、金ちゃん以外の誰かに、1回決定的に敗けて、泣いたほうがよかと。」
今なら、今年なら、泣くことが許される。
部長になってから突きつけられても、きっと泣くことすら出来ない。
だから――。