記念企画部屋2

□ひとつの道
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今、彼の目に、光は届いているだろうか?

手術の結果がどうだったのかは聞いていない。

ただ、ふと時々、願う。

たとえ綺麗に鮮明に世界を映すことがないとしても、どうか彼の目に、光が見えていますように。

彼が、幸せでありますように。



時々、そうやって想うことがあるあの人とは違って、不思議と蔵のことは思い出さなかった。


だから、金ちゃんの試合に行けば蔵にも会うかも知れないことは承知で来た。


会ってももう、懐かしい気持ちになるだけだと思ったから、平気だと思って。


蔵に、会いたかったわけじゃない。

会いたいと思って、会えると思って、来たわけじゃない。

そんなわけ、ないと、思ってた……。



千里、と、呼ばれた途端に、ドクン、と胸が鳴った。


10年近く、記憶の片隅に残っていた何かが、一気に時間を越えて胸を支配する。


好き。

そう思った途端、泣きたくなった。

今になって、蔵の顔をよく憶えていないことが悲しくなる。



彼は、幸せだろうか――?

時々想う彼とは違い、蔵にはこんなこと、思わずに過ごしてきた。


それは、


信じていたから。


私が願わなくても、私の祈りなんか無くても、蔵は幸せになるって。


世界で1番、大好きで、愛しくて、恋しくて、幸せになってほしい人。


会えたね、また。

会えたね。


それたけで、良かったのに。


「俺、千里のこと、好きや。」

そう告げる蔵が、微笑ったと、見えなくても解った。


だって声は記憶の中より大人のモノだけれど、


憶えている。

頭の中に、居る、よく顔も思い出せない、それなのに息が詰まるほど愛しい人が、微笑ってる時と、同じ響きだったから――。
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