もののけ姫
□雨露霜雪
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どうしたものかなかなか寝付けずにいたアシタカは朝日が差し込もうとしていた頃にようやく眠りに付くことが出来たのだ。
風邪で寝込む環境庁長官と疲労で眠りについているアシタカ二人は朝に部屋を訪ねてきた宿屋の主人にも気が付かないほど深い眠りに落ちていた。
昼を過ぎた頃に先に目を覚ましたのはアシタカだった。
隣に目を向ければ眠っている環境庁長官、呼吸音は昨晩に比べれば些か穏やかになっていると空いている片腕をそっと伸ばし額に触れる。
「だいぶ落ち着いたか。」
小さく呟く。
額に触れても身じろぎしない程深く眠っている事を察するとゆっくりと身体を起こし同じ布団から起こさないように出るアシタカ。
布団から出たところで、ふぅと浅く息を溢す。
「どうしたら良いのだろうな・・・。」
思わず言葉がこぼれ落ちる。
故郷には帰す事も、昔の記憶を探すこともさせてやれない、引き留めようとさえしてしまう自分勝手な思いに罪悪感を抱く。
導く者として正しくあろうと思えば思う程身動きが取れなくなる。
サンの言っていた言葉、正しい答えだけが全てなのか。人の心と正しさはいつも同じではない。
「・・・このまま二人、遠くに行ってしまおうか。」
「アシタカ様・・・村に戻りましょう。」
独り言で呟いた言葉に返答が返ってきて顔をあげると、目を覚ました環境庁長官の姿。
「今はあの場所が私達の帰る場所ですから。」
「・・・そうだな。」
歪んだ後ろめたい感情を隠すように微笑んだ。
環境庁長官が思っているアシタカと言う人物像はどの様なものかは容易に想像できる、誠実堅実正義感、人にそう見せたいと思っている自分をみせている。
嘘ではないが全てではない。
「帰ろう。」
幻滅させるような言動はしたくはない。
*
様子を見るためもう一晩この宿に宿泊をした。
すっかり朝には体調は回復した環境庁長官は迷惑をかけたアシタカに深々と手をついて頭を下げた。
朝食を二人済ませ帰り支度をしているとアシタカは風呂敷に包まれた着物を解いて差し出した。
「環境庁長官、良ければこれを贈りたい。」
柑子色の美しい着物に環境庁長官は目を見開きながらも息を飲む。
「私には勿体ない程なんて素敵な着物、嬉しゅうございます。」
瞳を輝かせながら着物を広げる姿に笑みが溢れる。
何度もお礼を言いながら部屋の端に立てられている屏風の裏に回り着替えた姿を少し気恥ずかしそうに出てくるとアシタカは懐に手を差し込み簪を取り出し環境庁長官の髪を結い上げた。
「良く似合っている、美しいな。」
向かい合ったアシタカに微笑みながら言われた言葉に熱が振り返したかのように顔が赤くなった。
「あ、ありがとうございます。」
この着物と椿の簪を褒めたのだろうと思っていてもまともに顔をあげることが出来ずうつ向きながらゴニョゴニョと口ごもってしまう。
「ではっ、出立致しましょう!」
自惚れてはいけないとぶんぶんと頭を左右にふると声を張り上げ荷物を持ってヤックルの所まで足早に向かった。
店の主人に世話になったと声をかけて外に出ればヤックルの背に鞍を取り付けて準備万端に帰り支度をする環境庁長官の姿にやはり村に帰りたいのだなとアシタカは感じていた。
ヤックルの背に跨がったアシタカは片腕で軽々と環境庁長官を引っ張りあげる。
宿場町を後にし、颯爽とヤックルを走らせ森の中を駆ける。
「・・・こうしてヤックルにそなたと乗るのも懐かしいものだ。」
木々の朝焼けの光の粒を幾つも過ぎ去りながら背に掴まる暖かさが随分昔のように思える。
「村に居ると私はヤックルに乗ることが無くなりましたもの。」
この駆ける振動もアシタカに掴まっている手も同じように環境庁長官も胸が締め付けられる程懐かしさを感じていた。
連れ拐われた同じ森の道を行ってもアシタカの背に掴まっていると安心して身を任せてしまう。
「村に戻ってもヤックルに乗り散歩でもしよう。」
「はいっ。」