もののけ姫

□倒行逆施
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村は夕刻に近付くに連れて夜支度が始まる、ぱちぱちと釜の火が入れられ各々の家からは米の炊かれる煙が上がっていた。

「アシタカ様、仕事終わりかい?」

「えぇ、おトキさんそれは?」

束ねた薪を共有の蔵に置きに来たアシタカは声の方を見るとよく知ったおトキがいた、その手にはざるを抱えている。

「干し柿さ、これと交換で甲六の腰の薬草を環境庁長官から貰いに行ったんだが留守みたいでね。アシタカ様と一緒に居るかと思ったんだが、まぁ、ふたりに渡すつもりだったから持ってお行きよ。」

おトキはざるごとアシタカに渡して見付けたら薬を頼んだよと伝えておくれ、と言い残し去っていく後ろ手に礼と承知したことを伝えた。

姿が見えないと話したおトキの言葉が一抹の不安が過った。

その足でヤックルの牛舎前を通り、女達のたまり場を横切り、環境庁長官の室を訪ねる。

「環境庁長官、居るか?開けるぞ。」

戸の前まで来て声をかけるが応答がない、戸を開くが姿はなく、行灯にも火を灯されていなかった。

ここまで来るのにあらかた居そうな場所は見てきたアシタカは山菜採りに森の中に入っていったまま帰ってきていないのではないかと昔の記憶がよみがえる。

裏手の森を見に駆け出すが直ぐ足元に山菜とざるが散乱している事に気が付き立ち止まった。

「これはいったい···。」

おそらくこのざるを落としたのは環境庁長官で間違いないことは理解した、山菜を採り終えて戻って来ているのに何故そのまま姿が見えないのか。

山菜を拾い集め環境庁長官の室の中に干し柿と一緒に置いて外に出て考えていた。

「旦那、すまねぇが馬一頭見かけなかったか?」

「頭か、逃げたのか?」

少し息を切らした頭がアシタカを見かけて探している馬を見たか聞きに来た。

どうやら馬小屋から居なくなっていた事に気が付き数人の男達と探しているが見付けられないと言う。

「やっぱり陽助の奴が連れていっちまってんのかも知れねぇな···あいつも居なくなったらしいんだ。」

「陽助殿が?」

「それがよ、朝から誰も見てねぇってんだ。」

今日は探すのを切り上げると話した頭は他の者達を探しに行ってしまった。

その場に残されたアシタカは少しの焦りの色が浮かんだ。

「···胸騒ぎがする···。」

暗くなる空に家々の行灯の火が灯り道を照らす道を駆け出しヤックルの居る小屋に向かった。



薄暗くなっていく森の中を陽助は馬を止めることもなく進んで行く。

気を失っている環境庁長官を抱え、森の奥に眼を向けたままその表情は冷然たるものだった。

「···なんだあれは、馬鹿でかい山犬か?」

視線の端に白い塊が動いた事に気付き、馬の足を止め眼を凝らしてそちらを見ると大きな大木の間から大きい体の白い山犬が居るのが見えた。

しかし、襲ってくるわけでもなく直ぐ何処かに行ってしまった。

陽助は小さく舌打ちをすると馬を走らせる、見かけた場所から距離は離れてはいたがあんな大きさの獣に目を付けられては敵わない。

後を付けてきてはいない様だが行灯の灯りを絶やすことなく夜通し馬を走らせた。

古代のまま残ると云われていた森は
少し元タタラ場から離れると大木の根が
入り乱れて這い出ているせいで道なき道は起伏が激しい。

連れてきた馬は日が上る頃には走る事も出来なくなり大きな息遣いは苦しそうにぜぇぜぇと聞こえだす。

「仕方ねぇ、この川沿いで休憩するか。」

一晩森を走ったおかげで随分と村からは離れることが出来た。

馬の背に敷いていた布を草の上に広げ環境庁長官を横たわらせる。
陽助は腰巾着から網を取り出すとそこらに落ちている石を何個かくくりつけて
川に向かって大きく放った。

魚影に向かって何度も網を投げ入れると水の跳ねる音や朝日に環境庁長官が意識を取り戻した。

「うっ···ここは···?」

「おぅ、目が覚めたか。」

起き上がった環境庁長官に気が付いた
陽助は地引き網を手繰り寄せながら声をかける。

いつもと変わらない様子の陽助。
一体なにがあったのか、腹が少し痛み手をあてると突然殴られたことをはっと思い出した。

「よ、陽助···さん···。」

「悪かった、痛むか?」

怯えた表情で肩を震わせている事に気が付くと閥が悪そうにそっと目の前に座りゆっくりと怖がらさないように手を伸ばしゆっくりと環境庁長官の頭を撫でた。

謝る陽助の寂しげな顔に少し環境庁長官は落ち着きを取り戻した。

震えがおさまった姿に安堵したように陽助は微笑むと捕れた川魚を食べるかと
焚き火の火に立て掛け焼いていく。

皮がかりっと焼け、身が白く火が通った焼き魚の美味しそうな匂いが香った。

「ほら、鮎が焼けたぜ。まだ先は長いんだ、ちゃんと食っとけ。」

渡された魚を一口噛るとほくほくと身がほぐれて旨味が口に広がった。

「···何処に、向かってるのですか?」

「俺たちの故郷、···このまま北西に向かうつもりだ。」

環境庁長官はやはりそうなのだろうと
顔を伏せた。

越後国に向かっている、突然連れ去った事は理解しがたいがこのまま大人しく付いて行く訳にも行かない。
しかし、魚を食べながら辺りを見ると随分と元いた場所からは離れてしまったようで見たことない風景に居る。

ここから隙を見て逃げ出そうにも村が何処にあるか皆目検討もつかない。

馬もなく広大な森の中をひとり行くことも出来ず従うしか道が無かった。

「向こうに馬で渡れそうな浅瀬がある、支度をしたら馬の背に乗れ。」

「···私は···、はい。」

戸惑っている環境庁長官の手を引き立たせた。

立ち止まることを許さないかの様な力強さに言葉を飲み込むしかなかった。

火の消された焚き火後を蹴散らし陽助は
環境庁長官を持ち上げ馬の背に座らせる、手綱を引き川沿いを歩いていく。
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