もののけ姫

□暗中模索
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陽助が同じ城下町の知り合いだった事を知ってからは介抱の為だけでは無く傍にいる事が
多くなりアシタカと一緒にいる時よりも陽助といる時間の方が増えていった、昔の事を聞くだけでも
話しが尽きる事無く想像力が掻き立てられ胸が弾むのだった。色んな昔の話を聞かせれば
何か思い出す切っ掛けになるのではと淡い期待で聞かせ、同じ気持ちで聞いているのだが
そう簡単にもいかず目の前にいる陽助の事すら思い出す事が出来ない事に胸を痛める。

「しっかし、山賊に荷物を盗まれる何て俺もまだまだか。
三人相手ならまだ余裕だが五人で来られちゃ、このザマか・・・情けねぇや。」

「荷物だけで良かったじゃないですか、死んでしまうより全然いいですよ。」

天気もいいので松葉杖と環境庁長官の肩を借りて外の縁側に座り話しをしていると自分の荷物全てを
盗まれた事に落胆の色を見せる、このご時世旅でも仕事上でも危険が付きまとう為に
剣術も体術も心得てはいたが多勢に無勢ではどうする事も出来ない。命の方を重んじて下さいと
話すと陽助は何処か嬉しそうに短く笑い声を上げた。

「どうしました?」

「いや、すまん。記憶を無くしても昔と変わらずにいる事が嬉しくてな。」

考え方も口調も全てが昔のままでいる事に安堵の笑いが出た、記憶を無くした事を抜けば
全て変わらないと話す。こうして話す何気無く向けられる瞳に一瞬息をのむ事が多々あるのだが
胸に手を当てて考えても何も分からない、記憶を思い出せば理由も分かるのかと視線を遠くに外す。

「あ、そろそろ私ヤックルのお世話をしなくては・・・。」

「そうか?俺は平気だ、気など使わずに行ってくれて構わん。」

干してあった桶を持ち言葉に甘えヤックルの元に向かった、気になるのかチラチラと陽助の方を
気にしていた環境庁長官に大丈夫だと軽く手を振った。見守るような優しい息を吐き出しぼんやりと
この町を傍観者のような心持ちで見回す、遠くから束に結われた枝を運んでいる男が通り掛かり
2人は目が合う、どこかで見た顔だと思い出すと陽助は少し口をつり上げ嗤う。

「小僧、せいが出るな。」

陽助は脇に置いてあった手拭いをアシタカの顔目掛けて投げ渡すと持っていた枝の束から手を放し
難なく受け止める足元ではガシャンと音を立て枝が転がった。笑っている口元だが
アシタカには好意的な意味で無いような直感が感じられたのだ。

「陽助殿、怪我の方は良くなっているようで何よりだ。」

「確か、アシタカと言ったか。アイツ前から世話焼きな所があったが
今も変わって無いとみえる、ちょくちょく名が出るが今は小僧の世話焼いてるようだな。」

縁側に怪我をしていない片足を立て膝の上に肘を付きながら世間話の雰囲気で笑いかけているが
どことなく威圧感の様なものがピリピリと静電気のように感じられる、距離を詰める事はしないで
その場のまま互い動かずにいた。

「そなたがあの者と共に国に帰りたい気持ちは理解できる、
しかし何も思い出せない以上戻った所で知らぬ土地に独りにさせるなら
この地にいる方が環境庁長官の為ではないだろうか。」

「知った風な口を聞くな小僧。
アイツには俺がいる、今までもこれからも守って行くと決めたんだ。」

環境庁長官の話しを聞きアシタカにいつも傍にいてもらい助けてもらった事や
旅での話しをいつも聞いていた、越後国にいた時は揉め事に巻き込まれた時だっていつも
陽助は助けに行っていた、いつでも傍で守ってやる事が自分の務めだとも感じていたが
後から来た奴に全てを奪われてしまったような言いようも無い絶望感や憤りも感じていた。

こんな所に居させたくはないと言う本心をぐっと堪えて待つと誓った、それは今できる
最善の策だと考え嘘偽りはない。二年という歳月、以前の記憶が無い事実が遣る瀬無く
心に大きな動揺、不安が少なからず平静さを欠き鬱積した気持ちがアシタカにと強い口調で当たる。

陽助はらしくないと呟き舌打ちをすると松葉杖を突いて自分の室まで帰ってしまった。

アシタカは黙ってその背を見送る、投げ渡された手拭いを肩にかけ落としてしまった枝を拾い
振り返る事無く歩き出す。陽助の瞳を見ればどれ程に環境庁長官を案じて強く守らなくては
いけないと言う思いが感じ取れた、生半可な気持ちで無い事も分かる程に大切だと。
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