もののけ姫

□安寧秩序
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昼間の日差しは涼やかに降り注ぎ辺鄙な村を暖かく包む春の日。
どこからか若い娘の子守唄が心地よく風に乗り流れて行く、縁側のついた小さい屋敷の前で
大事そうに幼い赤子を両手で抱きあやす為にその場を行ったり来たりと歩いている。

母子としては少しばかり若く、姉にしては歳が離れ過ぎている。
少しだけ不慣れにあやしているが手に抱く赤子の仕草に目を細め微笑んでいる姿は母親のようだ。
生まれて間もない小さい赤子と言えど決して軽いものでもないのが命の重さなのだろう、
ずっしりとした重さに腕が疲れて来ると縁側にそろりそろりと赤子の様子をうかがいながら
腰を下ろすと2人に気付き近付く足音に顔を上げる。

「アシタカ様、御苦労さまです。」

「その赤子は?」

村の手伝いで働いていたアシタカは見慣れない赤子に目を向けた。出来て間もないこの村には
子供はまだ少なく珍しく目にも付く、もう少し村が落ち着いてくればこの村にいる夫婦の間に
次々と子供が生まれて来る日もそう遠くは無いだろう。

「この子はサエさんの子なんですよ、この前産婆に付き添った時の赤ん坊がこの子で
最近は私が忙しいサエさんの代わりにあやしていて。」

竹細工で作る用具が仕事のサエは外で働いている夫のかわりに家で出来る仕事をしている。
その為赤子が生まれたからと言って仕事を辞める事は出来ず子守りをかってでた環境庁長官に世話を任した、
一日に作る目安が決まっている為出荷する日までに作り終えなければ収入が減って行く
大きくなっていく我が子に食事も与える事が出来なくなってしまう。スズメの涙ほどの収入でも
無くなってしまえば生活が不安定になるだろう。

「・・・うぇ、ぶぇっ」

座って間もない時、腕の中から不吉な声が聞こえる。しまったと言うような顔で赤子の顔を
見れば目に涙を浮かばせてへの字に曲げた口から息を小刻みに吸い込みしゃくり上げると
ぼろぼろと涙をこぼして大きな声で泣き出してしまった。

「あっあっ、ほぉ〜ら、坊や泣かないで?」

直ぐに立ち上がり体を揺らしながら背中を叩き、よしよしと声をかけるがグズってしまい
泣きやんではくれない。穏やかだった村からは人々の働く声に負けないくらいの大きな泣き声が
響いていた、困った様子で御機嫌を取ろうとあやすが言葉が通じる訳がなく咽び泣きながら
体をバタつかせ泣き声は収まる事が無い。

「大丈夫か?」

「この坊や抱き癖がついてしまったようで立っていないとグズって泣くのですけど
さっきまではこうしていれば泣き止んでくれたのに可笑しいですねっ。」

だんだんとどうしたら良いのか分からなくなって行き少し慌てた様子で首を傾げる。
お腹が減っているのか何処か具合が悪くなり泣いているのか考えるが思い当たる節が
見つからない、赤ん坊を預かる時にはお腹がすいて泣かないようにと先に母乳を飲んで来たので
お腹が減っているとは考えられなかった。抱き癖が付いてしまったのは初めて抱いた赤ん坊に
ついつい甘やかし抱いてあやしてしまったのが原因だろう、その為に抱き上げていないと
機嫌を損ね泣いてばかりいたが今はどんなに手を尽くして見ても赤ん坊は泣くばかり。

「私が抱いている間に環境庁長官はサエ殿を呼んで来てくれ。」

「そっそうですね・・・!ではお願い致しますっ。」

アシタカに泣きじゃくる赤ん坊を落とさないようにゆっくりと渡す、焦っているせいで
サエの家がどこにあるか直ぐに思い出せずに左右を見渡し小走りで走り出した時
泣き声がだんだんと小さくなっていく事に気付き振り返った。

抱いて立っているアシタカの腕の中で赤ん坊は閉じる目から涙を流しながらも声は小さくなり
けたたましい泣き声が聞こえなくなると穏やかに呼吸を繰り返しながら眠ってしまう。
今さっきまでの騒々しさが嘘のように静かになってしまった事に驚きながら環境庁長官は2人に近付く。

「・・・眠ってしまいましたね。」

「そうだな、どうやら眠りたく泣いていたようだ。」

赤ん坊は眠かったが眠れずにぐずり泣いていた、眠たいのなら泣かずに眠ればいい話だが
そうもいかないもののようでつくづく、母親と言うものは大変なのだろう。
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