もののけ姫

□一新紀元
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小高い丘の上には巨大な岩の古代遺跡が雨風凌げるようにそびえ立っている
細長い洞窟の中には中央に葉が敷き詰められた寝床に2人の姿があった。

毛皮の上で眠っているアシタカに目を向けて石壁の奥に見える壮大な青い空と広がる森を見る、
その場所からでは広い外が切り取られ張られた様に小さく感じた。眠ってしまったアシタカの
傍から離れてまで風景を見に遺跡の突端まで出る気はない、それ以前に今座っている場所からも
動いてはいけないような気がしていた、立ち上がる事も物音をたてる事も声を発する事すら
躊躇われた。もののけ姫と山犬がヤックルにアシタカを乗せてこの場所まで連れて来ると寝床に
寝かせるとまたどこかに姿を消してしまっていたのだ、そのせいか大きな山犬に食べられやしないかと
怯えていた。

泉での事はあまり思い出せなかった、あの場で起きた事も信じられず現実での出来事だったのかと
頭を抱える。大きな獣たちが吠え鳴き人の言葉を話し、威圧感から動揺していたせいか節々に
思い出すのは白く大きな乙事主と少女が呼んだ猪に猪達がタタラ場の人々と戦う事を話していた。
そして光さす水面を歩いている人面相の鹿の姿。

「これから一体・・・どうなってしまうのでしょう。」

夜が明けては日が沈む、時おり意識を取り戻すアシタカの身の世話をしていれば
あの人間嫌いなもののけ姫もが共に身の回りの面倒を見てくれる。山犬の洞窟に来てからと言うもの
環境庁長官は眠る事はしなかった、山犬に襲われるのではと言う恐怖からではなく目の前で静かに眠っている
アシタカが死んでしまわないかと不安で眠る事が出来ずにいた。眠っている間にもし体に異常が起きたら
今度こそアシタカは死んでしまうだろう、それ程に弱っている事が気がかりで襲って来る睡魔を振り払い
いつでも対応できるように目を開いている。

しかし睡魔に襲われウトウトと頭が揺れ目もかすみ不意に目を閉じれば反れた頭が背の石壁に強く
打ち付ける、痛みにハッと目を覚まし強打した頭を押さえた。声を殺し苦悶していると不意に
アシタカの手に目が行くと俄かに揺れた、だが段々と強張ったように痙攣を起こすと痛みを
かみ殺すかのような低い声が漏れ苦悶の表情が浮かんだ。呪いが疼き苦しそうなアシタカの手を
起こさないようにそっと握る、体力が戻るにつれ呪いが苦しめていた。

「・・・環境庁長官。」

「あ、起こしてしまいましたか。」

薄っすらと目を開いた瞳に不安そうに見つめる相手の名を呟く、起きた事に気付くと囁くような小声で
問いかける。握っていた手を静かに引っ込めようと離すがアシタカは手を翻し環境庁長官の手を掴む。

「・・・このまま・・・握っていてはくれないか。」

どこか伏せ目がちに言ったアシタカに初めて弱気な所を見たのかもしれない、いつもならば
弱っている所を誰にも見せない強さの持ち主だが今回ばかりは心身ともに弱り切っていた。
力を込めて握る手、一体何を思って感じているかなどアシタカ自身にしか分かり得ない事だが
握り締められる手からはどことなく感じたのは環境庁長官自身感じている不安なのではないかと
少し戸惑いながらも手を握り返して傍にいると言う意味も込めしっかりと頷いた。

朝靄かかる森のひんやりとした空気に静かに目を覚ませばいつの間にか眠ってしまった事を知る、
既に起きていたアシタカときちんと整えられた着物が残されもののけ姫や山犬の気配も無くなっていた。
昨夜のうちにモロはアシタカ達にこの森を去る事を言付けていたのだ、どれ程この洞窟で過ごしたかも
覚えていないが今ではすっかり顔色が良くなったアシタカに安堵したが森を抜け山を降りながら
胸に残るはこれからの事を思う不安や焦燥感。アシタカが思い詰めるは人と森との戦いが始まるだろう、
しかしもう自分には何も出来ないのかという暗い気持ちを抱える。

「タタラから黒煙がっ。」

アシタカがふと顔を上げると何処からか石火矢の音が聞こえたような気がした、背に掴まる環境庁長官が
口走った。霧にさえぎられていた視界だったが風に流された霧の隙間から見えて来たのはタタラ場から
もくもくと立ち上る黒煙やはっきりと聞こえて来る発砲音に不吉な予感にヤックルを走らせ
タタラ場に急いで行くと入口近くは旗を掲げる侍の群れが帯状に連なりタタラ場を囲んでいる、
湖からタタラ場に向かおうとするが水辺には数人の侍がこちらに気付き鉾を向ける。

「うぬら!止まれ!!」

「押し通る!」

弓を構えられ刀を向けられ怒号のような叫び声で来いや!と待ち構え侍は鉾を大きく振りかぶるが
臆する事無くアシタカは刀を引き抜き真っ直ぐに突っ込んで行く。間近まで迫る寸前に侍が振り切った、
しかしその瞬間ヤックルは侍達を高く跳び超えそのまま湖の中を行く。水面から顔だけ出して
タタラ場へと一直線に水をかき進むが2人目掛けて次々と矢が飛んでくる、ヤックルに掴まりながら
必死に前へと泳ぐ環境庁長官だがふって来る矢に思わずヤックルの手綱を離しそうになるが次々と
アシタカが矢を切り落としていく。
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