もののけ姫

□一陽来復
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声を嗄らしどれ程の時間が経ったのだろうか、日が射しまた沈み山肌でたった1人泣いている。
幾度その場に伏せて夜を明かしたかも考える事も寧ろそんな事はどうでもよく思えていた、
たった1人の人を失い亡骸も我を忘れて泣いているうちに何処かに運ばれたようだ。
体は山風で冷え切り泣き声は喉を嗄らし出なくなったが横たわったまま無言で涙だけが流れ伝う
環境庁長官は漠然とこのままこの地で死んでしまおうかと何度も考えるがそう考えるとアシタカの最期の
言葉が浮かんで来てしまうのだ、きっとそのうち自分の足で立ち上がり全く知らない場所で
アシタカが居なくても生きて行くのだろうと分かっていてそんな姿の己に悔しく涙が溢れてくる。
きっと思い出しても涙では無く胸を痛めるだけで済んでしまう頃が来るのだろう、時間が癒すとは
言うが少しでも今の想いが和らげられる自分の姿など嫌気しか感じない。

恐らく生きるとしてもアシタカを亡くした人生は虚しく何も感じない寂しいだけの人生になるだろう、
生きていてもただ息をしているだけの空っぽの人形と変わらない。生きる意味も分からなくなってしまった今では
全てが色褪せ何も見えなくなってしまった、理不尽に奪われた命だからこそ理解し難く
アシタカの死を受け入れる余裕が無い気持ちでは止まらない涙が枯れる事無く、ぼやける視界は狭まり
瞳を閉じ泣き疲れ静かに眠りに落ちた。

眠りの中で見るのは思い出したくもない石火矢の乾いた銃声とだらだらと血が止めどなく
滴る姿のアシタカと真っ赤な血を頭から被ったような自分がいる、自分の姿をまた違う場所から
眺めている様な光景が見えた。血で真っ赤に染まる環境庁長官は倒れているアシタカをただ見ている
流れ出る血を呆然とした様子で血の気が無くなって行く相手を見ているだけだった。
自分では何も出来ない、仕方がないと口走っている、望んでいた終末はこんな筈では無かったのに
どうしてこんな終わり方をしてしまったのだろうと遠くから見ている環境庁長官の瞳から一粒の涙が
こぼれ落ちる。

「・・・・・・・・・」

流した涙の冷たさに静かに目を覚ますと空は夜になっていた。仰向けに気だるい体を動かし
ぼんやりと夜空を見てる、どこか空にアシタカを見ているように思えた。空がアシタカに似ているのか
アシタカが空に似ているのかは気にしてはいないが深い色が瞳の色と似ていると寝そべり目を閉じる。

はっきりとしない感覚で聞こえて来たのは風の音では無く何かの足音が聞こえる。
遠ざかるどころか真っ直ぐに近づいて来ている、聞こえていても逃げる事もしないで黙ったまま
足音を聞いているように目を開かない。腹を空かした獣の足音か死への足音かどちらでもよかった。
死ぬ事への恐怖が無い内なら己の肉体がどうなろうと考える事すら止めてしまっている。

「痛っ・・・。」

足音が真横まで来るとぴたりと止まり直ぐに脇腹を何かに蹴られ思わず独り事のように呟く。

「起きろ。」

強制的に起こす為蹴られると人の声が聞き取れた、その声は少ししか聞かなかったが
強烈的に記憶に焼き付いたもののけ姫の声だと気付くと閉じていたまぶたをゆっくりと
開くとやはりそこには機嫌が悪そうに睨んで見下ろしているもののけ姫の姿があった。
何も言わずに見上げたまま漠然と思うのはどうして戻って来たのか、殺しに来たのかもしれないと
眺めているともののけ姫はまだ生きている事を確認するとキツイ口調で言いだす。

「シシ神様が奴を生かした、会いたければ付いて来い。」

いったい何を言っているのか理解できなく驚きの声を囁く、奴と言った相手はアシタカだろうか
生きているとでも言うのだろうか。あの時確かにアシタカは息を引き取り死んだ筈だった、だが少女は
どうやら嘘を言っているようでも無く生きているらしい、それどころか会わせてくれるらしく自分の
後を付いて来いと言ったのだ。瞳を大きく見開き寝ていた体を勢いよく起こし立ち上がると体が
付いて行けず酷い立ち眩みを起こすが既に歩き出しているもののけ姫を見失わないように駆け出す。



険しい山道に入り息を切らしながらはい上がるように岩を越え大きな木の根を両手を付き
道など無い森の中を小走りで走って行く。着物は土がこびり付き木の根に袖を引っ掛ければ
解れ破れてゆくがそんな事を気にする余裕もない、一心不乱にもののけ姫の後をかじり付くように
目を見張り付いて行く。先を行くもののけ姫はタタラで見た時と同じように身軽に障害物を
飛び越えて難なく森の中を進んでいた、辛うじて環境庁長官の視界に入っている程度だが待つ気は無い
ようだが置いて行く様子もないもののけ姫に少しだけ気になっていた、なぜ憎い筈の人間を
アシタカの元まで案内をしているのかが分からない、心を許した訳でもないのだろうと思うのは
時おり振り返るもののけ姫の視線からは敵意が向けられている事を知っているからだ。
毛嫌いされていると知っていてもそれでもアシタカにもうひと目会えるのなら命を狙われている
かもしれない相手でも付いて行くだろう。しかしこの数日飲まず食わずの状態に心身ともに体は
限界近くなっていた。そんな状態で険しい森の中を歩き詰めでは疲労で倒れてしまうが
今体を動かしているのは会いたいと言う思いだけが足を前へと進ませている。
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