もののけ姫

□雨露霜雪
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宿で身体を休める二人、夕食を済ませる頃には日は落ちて辺りは暗くなっていた。
しかし窓の外ではまだ人通りがあるようで雑踏が聞こえてくる。

「こほっ、アシタカ様もお休みになってください・・・。」

食事を終えて横になっている環境庁長官の額の布を取り替えては一向に休息しないアシタカを心配して声をかけると、額の布に手を軽く添えた。

「私の事は気にしなくて良い。」

優しく添えられる手と熱で意識を朦朧としながらもアシタカ様も休んでくれないと心配ですと、言葉途切れとぎれに発して眠りに落ちる環境庁長官。

苦しそうではあるが眠る姿にアシタカは安堵の息を浅く吐き出す。

目隠し用の障子を挟んで隣に敷かれた布団が用意されてはいたが使う気にはなれず環境庁長官の隣に腰を下ろしたまま額の布を替える。

部屋の中には月明かりが差し込み行灯の火にも負けないほどだ。

「・・・痣になっている。」

布団から投げ出された環境庁長官の手首に出来た痣が目にはいる。

そっと手を伸ばし痣になっている手首に重ねるアシタカの表情はやるせなさが浮かんでいた。追っている時に躊躇していなければもっと早くに連れ戻す事も出来て彼女があのような事にはならずにすんでいたかも知れないと。

「・・・アシタカ様・・・。」

「すまない、起こしてしまったか。」

まだ気だるい表情で環境庁長官はうっすらと目を開きアシタカの方に向けた。

静かにアシタカが語りかけると彼女の瞳からぽろぽろと涙が溢れだしてくる。

「ごめんなさいっ・・・、私・・・ご迷惑っばがり、かけてしまってっ。」

謝罪の言葉が途切れとぎれに発せられる。

「もう、置いていって下さい・・・アシタカ様の足枷にしかなっておりません・・・。」

目を固く閉じながら悲観的な言葉が飛び出すのは熱に魘され、理性的な判断が出来ていない事に本人が気が付くことはない。

そんな言葉にアシタカは息を詰まらせたように驚きの表情を見せた。

「枷になどっ。」

布団から出ている片腕をアシタカは手を重ねて強く瞳をとらえる。

「そのように思わないでくれ、そなたは何もかも背負いすぎだ。私はそんなに頼りがないか?」

あまりにも哀しそうに微笑むアシタカに環境庁長官は言葉を詰まらせる。

守ってやれなかった事で頼れないのかもしれないと考えると胸の奥がズキッと、痛む。

「もっと頼って欲しい、甘えてくれても良いのだ。」

環境庁長官の瞳から涙は止まっていた。ただぼんやりと顔を見上げながらアシタカの言葉が繰り返し頭の中で何度も繰り返す。

甘える?私がアシタカ様に?そんな事しても良いのかと、自問自答する。

熱で頭痛がする頭は何度も鈍痛が響く。
握られる手からはひんやりと冷たく感じて心地が良い、いつもなら遠慮して何かを頼むこと等しないだろう、しかし今は無性に我が儘を言ってしまいたいと欲がわき出す。

「・・・そばに、居てください。」

静かな部屋でも微かに聞き取れるかどうか声量で呟く。

「あぁ、そばに居るよ。」

ホッとしたようにアシタカは頷く。

握り返す手は弱い力で引っ張られる。
環境庁長官はもう眠いのか目蓋を閉じたまま繰り返し手を引く、この先はどう考えても同じ布団の中に誘おうとしていた。

「・・・。」

自分から甘えて欲しいと言った手前撤回する気はないが、その行動には少しばかり狼狽えてしまった。

覚悟を決めて布団の端を捲ると身体を居れて横たわる。

自分よりも体温の低いアシタカが横に来たことで満足したのか静かに寝息をたて始めた、眠りながらも冷たさを求めて身体を寄せてくる姿に顔を反対側に反らす。

いつもより鼓動が速まる。
旅をしていた時もよく寄り合って眠ることはあった、何ら変わらないと平静を装い瞳を閉じた。


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