もののけ姫
□紆余曲折
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鳥達も静まり返る夜中に水浴びをする環境庁長官を黙って待っていたアシタカ。
気持ちも頭を冷やした事でずいぶん落ち着き雫を滴しながら池を上がった。
濡れた肌に風が吹くと冷えるのを感じ、
脱ぎ捨てた着物を拾い上げ顔を上げる。
「···あ、私···何も考えずに脱ぎ捨ててっ」
少し離れた所で背を向けたアシタカに気が付き全て脱ぎ去り水浴びをしたことに冷静さを取り戻すと羞恥心で顔を赤らめた。
すぐさま着物を羽織るとおずおずとアシタカに声をかける。
「アシタカ様、突然、その···申し訳ありませんでした。」
「いや、···行こう。」
少しだけ振り向いたが視線は向けずに足早にヤックルに乗るアシタカ。
その姿を見て、なんて無礼なことをしてしまったのだろうと自責の念にさいなまれながらまた森の中を二人は進み出す。
岩を飛び越え、草を分け進んでいると空は太陽が上り辺りを明るく照らし出した。
朝露で草木は光を反射し光って見える。
「···こほっ、こほっ」
背に掴まる環境庁長官から咳が聞こえた、小さな咳払いは何度も続いていた。
「環境庁長官、どうした?」
問い掛けに何でもないと首を左右に振るのがわかったがゴホッゴホッと苦しそうな咳にアシタカはヤックルを止めて振り向く。
「顔が赤い···熱が出ているな。」
振り向いてみた環境庁長官の顔はいつもよりも頬の赤みが広がり、瞳もどこか虚ろで覇気が感じられない。
額に手を当ててみれば熱を帯びている。
「私は···大丈夫ですから、気になさらないで下さい···」
「そうはいかない、近くの町で休める所を探そう。」
力無く答える環境庁長官にアシタカはヤックルを走らせ森から抜ける、人里を目指し揺れないように気を付けながらも急いだ。
砂利道が伸びる町までは近付くにつれて人通りが多くなっていく。
宿場町が見えてくると人が多く、栄えているようで瓦屋根の建物がずらりと並び
茶屋、宿屋、呉服屋が建っている。
宿屋に着いたアシタカは休ませてくれと店主に話をすると最初のうちは怪訝そうにしていたが代金として巾着から砂金の粒を渡すと態度は一変、何日でも居てくれと上機嫌に二階の客室の布団も敷いてくれた。
「ごほっ、アシタカ様···申し訳ないです、私のせいで···留まることになってしまって···」
布団に寝かせた環境庁長官は落ち込んだ様子で言った。
「謝ることはない、身体を休ませないと悪化するぞ。」
水を吸わせた布を硬く絞ると額に乗せる。
しかし風邪を引いたのは間違いなく水浴びをして濡れたまま居たことが原因だ。
「···村の皆、早く戻らないと心配してしまいますよね···アシタカ様の帰りを待ってますよ。」
「そうかもしれない···だが、私はそなたが心配だ。今は休め。」
優しく頭を撫でる。
アシタカの温かい手に撫でられていると心地好く、だんだんと瞼が重くなり静かに寝息を立てていた。
眠りに落ちた環境庁長官の姿に前にモロ達のねぐらで己が看病されていたときの事が浮かぶ。
「このような思いだったのか。」
静かに呟く。
苦しそうな息遣いに不安を覚える、風邪と言っても拗らせれば死に至ることだってあった。
苦しんでいる時に見守ることしか出来ないのはなんと心苦しいことだろう。
「ヤックルの様子を見てくる、···少しだけ待っていてくれ。」
眠っていて聞こえていないだろうが、アシタカは起こさない程度に囁くよう呟く。
そっと、襖を閉めて部屋を後にする。
宿場の隣にある馬小屋に顔を出すとヤックルは店の主人から桶一杯の飼葉を与えられたようで、満足そうに食べていた。
ずいぶん良くして貰っているようだった。
「ヤックル、よく休んでくれ。」
頭を撫でるとヤックルは返事をするように鼻をならす。