もののけ姫

□落花狼藉
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川を渡り終えた陽助と環境庁長官は土を蹴りあげながら馬を走らせシシ神の森からどんどんと離れていく。

ふたりは口数も少なく越後国に向かう。

環境庁長官は前に座らされながらぼんやりと遠くの空を眺めていると今まで人生が頭の中で映し出されていた。

アシタカ様に何も言わずに突然姿を消してしまってさぞや心配をかけてしまったのだろう。それとも気にされていないのか、いや、お優しい方だから村を探していられているかもしれない。

「···そこの廃神社で休むか。」

声をかけられ陽助の視線の先に顔を向けると草木に包まれ崩れかけている神社が静かに佇む。

三段ほどの石段、祠を雨から守る屋根は長年誰も参拝していないことが伺える程ぼろぼろに朽ちている。

すっかり日が暮れ。虫の鳴き声や鹿の鳴き声が遠くから微かに聞こえた。

「陽助さん、私···ずいぶん待たせてしまったから···なんですか?」

日が暮れ少し肌寒い空気が流れ環境庁長官を気にした陽助は布を肩に被せ冷えないように隣に腰を下ろしている。

「···そう思うか?ただ国に帰りたいからだと。」

不安そうな環境庁長官とは対照的に表情が読み取れない。

「簪、憶えていないだろ。名が刻まれている石をあしらったそれをアンタに贈ったの俺だって。」

「えっ?」

髪に刺してある簪をすっと髪から引き抜くと黒髪はするすると零れて垂れ下がった。

陽助は頬杖付きながら手の内で簪を回して環境庁長官を見つめるとたいそう驚いた顔をしている。予想はしていたが少し陽助は堪えるものを感じた。

「はぁ、やっぱりな。···ずっと持っていてくれたから少し期待していたんだが···。」

「そんな···私、ご免なさい。」

この簪があったおかげでエミシの里で記憶が全て抜け落ちても自分の名だけはわかった、それなのに憶えていないことに申し訳なさそうに謝る環境庁長官に軽く頭を撫でて優しく笑いかける。

国に戻ればその記憶も思い出す筈だと考えていた。

「忘れたとしても受け取ったんだよ。それが、ぱっと出にたらし込まれ。」

「それは、一体どう言う···?たらし込むとは、まさかアシタカ様の事を言っておられますか?」

険しい表情をした陽助は簪を持つ手に力が入った。

何故アシタカがそんな言われようをされたのか理解出来ず怪訝に振り向く、環境庁長官の心底信頼しているとでも言いたげなその顔を見た陽助は胸の内を酷く掻き乱される。

がっと勢い良く環境庁長官の肩を掴むと自分の方を向かせるように押さえた。

「どう言う、こう言うもっ、俺は···!アンタが好きだっ、なのにっ!」

悲痛そうに声を荒げる。かすれた声で途切れ途切れに、体を重ねたなんて、と吐き捨てた。

「やっ···!痛っい、陽助さんっ···!」

肩を掴む手にぐっと力が籠る。

思いの丈をぶつけられた事もさることながら思いもよらない呟きに環境庁長官は混乱する。

「なっ···何を言っておられるかっ
私には、わかりませんっ!」

告白を蔑ろにするわけではないが、力強さと混乱で誰と誰がそんな関係だと陽助が何を思っているかわからなかった。

その言葉に嘲笑った。

「ははっ、わからぬ筈が···無いだろうっ。」

肩を押さえ込まれる痛みから抜け出そうともがく環境庁長官を逃がすまいと後ろにそのまま押し倒したのだった。

抵抗虚しく片腕は手首を掴まれ、もう片腕は陽助の胸を押すがびくとも退く事が出来ずにいた。

「こ···こわい陽助さん···っ」

自分よりも体格も良く、力も強い男に押さえ込まれ全く身動きがとれない事に恐怖心が芽生えた。
村で看病してからの知っている陽助が知らない男にすら思える。

木々の間から覗く夜空とギラついた目をした陽助の姿に体は震えた。

「悪い···。もう、どうでもいい。」

投げやりに言い放った。
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