もののけ姫

□倒行逆施
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差程村の皆が眠りについている時間帯、
アシタカの室から出てきた環境庁長官をたまたま見かけた村人がいた。

まだこの山がタタラ場だった前から共に苦難を乗り越え旅をしていたことを知っている村人はそれ程気にはとめずに荷物を届けにエボシの元を訪ねに向かった。

他の町から買い付けていた季節の苗、苗木を蔵まで運び込み仕事の話もそこそこに立ち去ろうとしていた村人は先ほどの見かけた環境庁長官の事を何の気なしに伝えた。

「ほぅ、あのアシタカがね。あまり触れてやるんじゃないよ、そっとしておいておやり。」

意外と言うわけではないが、憶測で触れ回って言い話では今はない時期だろうとエボシは釘を指した。

アシタカの気持ちは計れないが陽助の事を危惧していた、自分達の育った故郷に連れ戻したくこの村に留まり環境庁長官の気持ちが傾くのを耐え待ち続けている。

余裕そうにもとれる振る舞いを見せているがその瞳にはいつ崩れるかもしれない危うさもあわせ持っていることを見抜いていた。

「···、···。」

しかし、その話を陽助は聞いてしまった。

宴の酔いを冷ますのに蔵の側を流れている小さな小川で顔を洗って休んでいた所に話し声が聞こえて来たのだ。

「はぁ···。」

ふたりが立ち去った後重たいため息が吐き出される。暗く光が無くなっていく瞳、無表情の陽助だが拳を握る手には力が込められぎりぎりと軋む。

その日の午前に陽助は世話になっている仕事場に顔を出さなかった。

昨夜のアシタカとの呑み比べで働く所では無いのだろうと仲間達は笑い話でそれ以上気にかける事は無かった。



日も高くなり雲もない晴天。

気持ちがいい空が広がる、環境庁長官は野山で採ってきた山菜をざるに入れて青空を見上げた。

「んー、いい風。」

今日はいい日だなと、背筋が延びる。

まだアシタカも陽助も呑み過ぎで辛いだろうと山菜を持って来たが昨晩の宴の会場に使われた室には陽助の姿はなかった。

きっと自室で休んでいるのだろうとそちらに足を運んだがそこにも陽助の姿がない。

「いったい陽助さんは何処に行かれたのだろう···。」

そこ行く人々に行方を聞いてみたが誰も朝から見掛けていないと口々に話す、環境庁長官は何故見つからないのか首をかしげた。

小舟で川に出ているのだろうか、危険なことになっていなければ良いのだがと不安に思いながら一度自室に戻ることにした。

戸に手をかけた時室の裏手から馬の鳴き声が聞こえた、空耳かと思ったが気になり家の裏手に回り込む。

そこには黒い毛並みの立派な馬が鼻をならしている。

「あっ···!陽助さん!」

馬の側に探していた陽助の姿もあった。
安堵した表情で駆け寄る環境庁長官だが何も話さない陽助にどこか具合が悪いのかと声をかけると軽く微笑むと空を見上げる。

「···今日は良く晴れそうだ。」

もう夕刻になろうとしていた空は微かに茜色に染まっていると言うのに呟いた陽助の様子に困惑した。

「どう、されたのですか?」

いつもと違う雰囲気の陽助の真っ直ぐに見つめる瞳が暗く染まっている。

いつものように微笑みながら一歩一歩近付いてくるのだが、ただならぬ様子に環境庁長官は思わず怖じけ一歩後ずさった。

「すまねぇ。もう待てそうもない。」

「え?···あっ、ぁ」

ふっと哀しそうな表情をした陽助。

その瞬間どすっと鈍い音がした、みぞおちに衝撃が走り環境庁長官は気を失い倒れ混む所を陽助が抱き止めた。

ざるに入った薬草は地面に散らばり転がった。

気絶させた環境庁長官を陽助は担ぐと馬に跨がり森の中に消えていったのだった。
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