短編

□【妖しげな薬】
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いつものように越後国の薬師の元で官房長官は日々勉強に勤しんでいた。
しかし山を越えての長い道のり、毎日通う事も出来ない為に薬師は帰りにいつも薬学が記された
書物や巻物を数冊持たせてくれている。室屋から出て行き人々が行き交う大通りをゆっくりとした歩みで
駕籠が待つ方向に行く、貸して貰った書に目を通しながら歩いていると没頭するあまり
視界の陰から出て来た人とぶつかってしまった、持っていた書をぶつかってしまった人の方に落とす。

「あっ!申し訳ありませぬ、お怪我はございませんか?」

「相すまん、拙僧は何ともありゃあせん。ほら落としましたぞ。」

ぶつかった相手はそれは福与かな者で官房長官の方が跳ね返され少しよろける程。
山伏の法衣を身に纏っている修験者で修行の旅でもしているのだろう、背には大きな葛篭を背負い
しわくちゃな顔は笑顔が張り付いている。落とした書を拾い上げ渡すと申し訳ないと受け取り
官房長官は軽く頭を下げた。しかしその男から何か不審な感覚を感じる、捕えるような眼つき
余り関わり合いたくは無いと立ち去ろうとする。

「それでは私はこれで、急ぎますゆえ。」

「まぁまぁ、そう急がれるな。」

男は背負っていた葛篭をどっさっと地に下ろす、随分と荷物が入っているのか
ずっしりとした重音と砂埃がたつ。

「何やら薬学に関心があるようだ、丁度珍しい薬が手に入っての。」

構わずに行ってしまおうとしていた官房長官だったが珍しい薬なるものを持っていると言う言葉に
思わずその場に立ち止まった、男は背を向けたまま葛篭の前に座り込んで中の物を引っ掻き回すように
箱の中に手を入れてがさごそと探している。興味が湧いてしまい官房長官は男の背後から
少し覗き込むように近付くと葛篭の中身が男の手の間から垣間見える、見た事の無い物がごろごろと
中に入っていてそれは何なのかと思い好奇心から見ているとすっかり警戒心が薄れていた。

「ここいらでは見かける事も出来ない薬草でな、どの薬学書でも記されていない程。おぉ有ったぞ。」

「それは?」

探し物が見つかった男の手には小さく折り畳まれた紙が握られている、好奇心に輝く瞳の前に
薬が包まれた紙を良く見せるように抓み男の顔には不敵な笑みが浮かべられている。

「これはな旅の途中で偶然手に入れた代物でな、面白い薬を作る事が出来たと貰ったが
どうも拙僧はその道には疎くてただの肥やしにしていての、確か薬草の名は走野老。」

「はしりどころ・・・聞いた事もありません。」

「薬学を学んでいるようだからコレをあんたにやろう、なぁに遠慮はいらん。もうひとつ
聞いた事だが皮癬草は野原に良く咲いている草らしく確か皮膚に良いとか聞いたの。」

持っていた薬を官房長官に渡す、珍しい薬でなかなか手に入らないと言っていた物を
貰う訳にはいかないと断って見たが前途ある有望な者が役に立てた方が世の為人の為
知らない薬に興味もありそれ程断る事も無く結局受け取ってしまった、男は葛篭の蓋を閉めると
また背負いでは帰るとするかと話すとあっさりと大通りを離れる小道の方に帰って行ってしまった。

貰った薬と帯の中にしまい少し急ぎ足で待たせている駕籠の方に足を向ける。

歩く度に揺れる駕籠の中で官房長官はこの薬はいったいどんな薬なのかを考えていた、
書物に本当に載ってはいないものかと端から端に目を通す。男が話した皮癬草に付いては
心当たりがあった、以前に薬師に貸して貰った巻物にその草の名と絵が記されていた事を
思い出した確かに何処にでも見かける草で見当が付いているが効能については全く覚えておらず
己の勉強不足に溜息を吐き出すが皮癬草と言うのだから男が言った通り皮膚に
作用するのだろうと納得する。

「さて、いかような薬なのか・・・。」

無事帰って来た事をエボシに報告そこそこに切り上げ荷物を置きに自室に帰って来た。
帯にしまっていた薬を取り出しこぼさない様にゆっくりと紙を開けば細かくされた粉末状の
飲み薬、鼻を近付け匂いを嗅いでみれば薬特有の香りがするだけで特に気になる点も無い、
ただ気に掛かるのはどんな効能の薬なのかと言う点だった。しかし兎も角自分が被験者として
試して見ない限り何とも言えないだろう、水瓶から汲んだ水を湯呑みに移し恐る恐ると薬を
口に含み水を一気に流し込んだ。

「んー。」
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