もののけ姫

□青天霹靂
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目を覚まさない怪我人に付きっきりで看病していたせいで中々ゆっくりと話しが出来なかった分を
埋めるかのように家に行く道を2人は歩きながら語り合う、どんなに些細な事でも環境庁長官は
嬉しそうにアシタカに話しかければ耳を傾け相槌を打つ。話し手と聞き手に分かれていたが
尽きる事無く話しをしていればいつの間にか家の側まで辿り着く、不意に戸の前に目が行けば
誰かが立っている姿が遠目から見えるが手伝いに来る者達だとすればまだ時間では無い筈
しかしよくよく見て見ると立っているのではなく戸に持たれるように寄り掛かり何処か
呆然とした様子で町を見ていた。

「あの者、目を覚ましたのか。」

「でも・・・まだ出歩ける状態では無いのに、行きましょうっ。」

ふらふらとした不安定な体で何処かに歩き出そうとするが怪我を負っていた足では歩く事もままならず
膝を着くようにその場でへたり込んだ、思うように動かない体に苛立ちながら拳を握り締め無理にでも
立ち上がろうとしている。

「御待ち下さい、ここは安全ですのでどうか室にお戻りに。」

目が覚めたら全く知らない場所にいたので驚いたのだろう、見つけた状況からしても誰かに襲われたのは
間違い無い筈おそらく襲った者を警戒し一刻も早く出て行こうと思ったのかされどその体では独りでに
立つ事も出来ない、危険はない事を伝え室で安静にしてもらいたく立たせる為手を伸ばすが男は
手を取る事はしないでたいそう驚いた顔で環境庁長官を食い入るように見ていた。

「・・・いったい今までどうしてた?突然姿を暗ましちまって、ずっと探していたんだぞ。」

「え・・・っと、何処かでお逢いになられたでしょうか?」

その男が何処か複雑で余りにも安堵したような優しい表情で笑いかけた事に環境庁長官は動揺していた、
探していたと言った事や悲しそうな瞳に嘘を言っているとも勘違いをしているとも思えない
しかし彼女には全くその男に見覚えが無かったのだ。アシタカと共に旅をしていた時にでも会ったのか
それともタタラ再建し他の里の者達が出入りするようになった時に会ったのか思い出そうとしたが
どれにも該当しなかった、意を決して尋ねれば切望の瞳は一瞬で凍り付きまさかと言った沈痛な
面持ちにかわった。その時無意識に言ってはいけない事を言ってしまったような気がしのだ、
この男の心を傷つけた事に彼女の心もまた胸を貫くような痛みが一瞬感じられた。

「なにを・・・一年いや二年経ち俺を忘れたと言うのか、環境庁長官。」

二年経ち忘れたのかと男の言った言葉にアシタカと環境庁長官は驚いた様子で顔を見合わせていた、
二年前にエミシの里で発見される更に前の事を何と言う事かこの男は知っている。

「そ、それが真なら昔の私の事を聞かせては下さいませんかっ。」

視線を同じ高さにするように膝をつき必死な表情で詰め寄る。自分は一体何者で以前は何をしていたのか
この男とはどういった関係なのか昔の事を唯一知っている人が目の前にいる千載一遇の幸運に
知りたいと言う思いが無意識に溢れだす、しかし男はいったい何を言っているのか分からないと言った
顔で困惑の色を浮かべた。

「すまぬ、この者は以前の記憶が全く無く何も覚えてはいないのだ。」

「なに・・・?」

そんな事が実際にあるものなのかと言った表情で驚愕する。一端座り込んでいる怪我人を室の
布団の上に移動させた、過去の事を聞けると興味津々と顔に出ているが心の底で昔の事を聞く事を
恐れるような恐怖も表裏一体に伴う。しかし男は差し出された湯飲みにも手を付ける事無く
愕然としたように苦悩の表情で中々話しをしようとはしなかった、落胆しているのは見てとれる
知り合いだったのなら全く覚えていないと言う現実に戸惑うばかりなのだろう。

「・・・名は陽助、アンタとは同じ城下にいたんだ。」

ひとしきり悩むとポツリと己の名前を名乗った。知っている範囲の事を静かに話し始める
ここから遠く離れた春日山城の城下に住んでいたと言う、陽助を見つける前に先生が話した越後国で見た
石は真であった。舟人であった陽助は毎日貨物を運んでは同じ場所で荷物を引き渡す川の前の大通りで
見かけたのが随分と昔の事、川沿いに連なる店の中に建つ仕立て屋で働いていたがその店の娘か
出稼ぎに来ていたかまでは知らないと話す。毎日のように顔を合わせ挨拶する程度で時々
話しをしていたがある日突然パタリと姿を消し他の者も誰もどこに行ったかなど知らなかったと言う。

「私が行方知れずに・・・陽助さんは何故消息知れずの私を探そうとお思いに?
何処に行ったかも知れずに探そうなどと途方も無いのでわ。」

「不吉な話しを聞いたんだ。」
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